お盆の時期の帰省あれこれ。



帰省が憂鬱。

渋滞で疲れる。

夫の実家に帰っても、休めない、
働かせられるだけ。

義両親や親戚に気を遣い、辛い。




帰らなければ良くない?



そんなわけにはいかない。

関係が悪くなる。

子どもに会わせないといけない。



 


いやいや、結局
それを望んでいるんでしょ。



帰省してこき使われて疲れて休めない、
可哀想な私を。




だってほんとにほんとに嫌だったら
行かない、という選択をします。


出来ない、じゃない。
しない、ことを自ら選んでいるのです。



現にウツになるほど病んだ人は
会社に行こうとすると吐いたりめまいが起きたり
電車に乗れなかったりします。




ここまでいくと身体からのサインが出ている
末期症状なので、そうなる前に
心で拒否できたはずだけど、
それをしなかったら確実に身体にくる。




自分に正直に生きないと、
自分の大切な身体にバチが当たるんです。




自分の心を無視してごまかして生きていると
どんどん元気がなくなり、不健康になり、
辛くなる。




大事にしないといけないのは自分です。




自分がしたことは必ず返ってくる。


因果応報です。





自分に正直に生きている人は



いつまでも健康で幸せなのです。




ずっと続いてきた、「家族」
という単位で成り立っていた社会。



古くは農耕民族で、「家」が仕事場で農業を営み、「家族」が同じ仕事をする同士だった。



明治になり、近代化が進むと
会社という場に働きに出る人が増え、
仕事というと、外に出て勤めに行く"男と
家の中で"家事をする"女に分かれた。



「家族」は同じ家に住み、寝食を共にし、
節目の行事には必ず集まり
人生を共に歩み、子孫を残し、
そして死んでいく。



日本は家族がいる、家族を作る前提として
社会が成り立っている。


法的な決まりや社会保障、保険、教育など。



そしてそれは日常にもあらわれ



4人家族を主とした家、車、日用品、食料品、
レジャーや宿泊等の施設
家電量販店、ショッピングモール、
携帯電話の家族割。



世の中は"家族基準"で成り立っている。




東京のような都会はさすがに近年は
お一人様用の施設やサービスが増えてきたが




地方や田舎はまだまだ家族基準が大半である。




しかしそんな家族至上主義の日本も
少しずつ変化していく。



2035年には国民のほぼ半数が結婚しなくなり
「家族」という形が崩壊していく。



人々は、"血縁関係のある家族"
と生活を共にするのではく、



"同じ価値観や志を持った仲間"と
小さな村を作り、そこで生活を営んでいく。




男女がペアになり、家を作る時代は終わった。



縛られることのなくなった男女は
好きにくっついたり離れたりし




子を作っても、家族という制度はないため、
子育ては村の女性が女性同士で協力して行う。




誰々の子がどうとか、うちの子がどうとか、
そんな面倒なことはなく



一律して、子どもは大事な村の子、
となる。




殺人事件の55%は家族間であるというデータで
わかるように



家族だからといって必ずしも上手くいくわけでもなく、好きなわけでもない。


むしろ、近すぎるがために憎み合うのだ。



もちろん、上手くいけばいいに越したことは
ないけど




"家族だから"に拘り過ぎると
自分の大切な人生を犠牲にしかねない。




血縁関係というものはそんなに大事なこと
ではない。





短い人生、
家族だからと言ってずっと我慢しながら
生きるのか、



合わないなら思い切って別の人間と人生を
生きていくのか、



これからの時代は選べる時代なのである。






恋愛関係でも夫婦関係でも
不倫関係でも愛人関係でも



ふたりのことはふたりにしか分からない。



だから関係のない第三者が
正しいとか正しくないとか、
ひどいとか最低とか
騙されたとか可哀想とか



好き勝手に言うほど、下品なことはない。





関係のない第三者が噂するならまだしも
メディアとして報じるのはどうかと思う。
 




捨てられたとか乗り換えたとか、
そんなこと何で当人以外に分かるの?




離婚や破局はどちらかが必ず叩かれるが



結局のところ原因なんかふたりにしか分からない。





みんなそれぞれパートナーとの関係性の中で
分かっているはずなのに




人のこととなると忘れてしまっている。



想像力があるとほんとに他人に
何も言えなくなるものだよ。