私は短大を卒業してから、
公立の幼稚園に勤めました。採用試験にはなかなか受からず、結局四年勤めて結婚のため退職しました。何にも分からないままにも必死で頑張った四年間。今でもその時の園児と付き合いがあったりします。
その後、すぐに長女を、2年後に次女を、年子で三女を、最後に三年あいて長男を産みました。
長男が1歳になる頃、社会の空気を吸いたくて気軽に市の嘱託員(ファミリーサポートセンター業務)の採用試験を受けたところご縁があり、長男が1歳2ヶ月の時、仕事をすることになりました。
あの時試験を受けていなければ、もしかしたら未だに家庭にいたのかもと思ったりもします。
ファミリーサポートセンターの仕事を2年半勤めて任期満了。仕事復帰したばかりの頃は、子どもたちが、小1、年中、年少、0歳児。よくまあ、毎日遅刻せずに出勤できたものだと、今更ながらに思います。
そして、次の一年は職安の職業訓練学校へ。
久しぶりの学校は何もかも新鮮で、学ぶことの楽しさを改めて感じました。
そして、またまた嘱託員の採用試験を受けました。
今度は、子育て広場の職員。一年だけでしたが、親子の広場の指導員。お母さんと同じ目線で、子育てについて一緒に考え楽しんだ日々でした。
そして息子の通う保育園にまさかの職員として、関わることになるとは…。
お話をいただき迷いに迷って、決断しました。
初めての民間のお仕事。保育現場の厳しい現状を痛いほど感じました。綺麗事では済まない日々。毎日夜遅くまで仕事をした、本当に修行の3年間。
真剣勝負の3年間は、子育て支援の仕事をやっていく覚悟とキャリアを得ることができました。
共に戦った同志たち(笑)とは、離職してからも変わらぬ付き合いが続いています。
家族には本当に迷惑をかけてしまいましたが、支えてくれたことに、心から感謝しています。
そしてまた、試験をうけて元の仕事に戻ります。
ファミリーサポートセンター業務を極める❔べく(笑)四年間またお世話になりました。久しぶりのファミサポは変わっていること、変わらずにあること、それぞれを感じました。実は私は、サポートする側も、サポートされる側も、コーディネイトすることも、講師を務めることも、全てやらせていただきました。市内では私だけ、全ての立場を体験していることが、強みでした。ファミサポのプロになるつもりで、トータル6年半勤めて、2回目の任期満了をこの三月に迎えました。
そして今。
嘱託員として子育ての相談業務をしています。
一通り子育て支援の仕事をしてきたと勝手に思っていたのですが、いやいやまだまだ、やり残したことが。
今まではどちらかというと、明るく楽しい部分に関わることが多かった私の子育て支援。
しかし子育てはそれだけではできません。
私の経験が、ほんの少しでも誰かの役に立つことがあれば、尽力したいと思うのです。
これから会うたくさんの方々の幸せを願って、勉強を重ねていきたいと思います。