みずからの民事訴訟で、裁判所のとんでもない実情に触れ、そんなところから、大高正二氏の裁判所批判を支援して、いろいろとそこで関係する人と知り合った。
山崎康彦氏は、かつて、市民連帯というMLで、動画放映をするということで、見てくださいと宣伝していた。そこで、それを見てみると、毎日、ほとんど休日なしに12時ごろから、カメラに向かって、いろいろな所論を述べている。全部に賛成できないのは当然として、興味深く、いろいろな私が考えていなかった提案をしているので、それについていろいろ検討しながら、放映を見続けていた。ネット上では、彼の所論が「牽強付会」で、信頼できないというような批判も流れているが、疑問点は疑問点として、拝聴していた。
彼の議論で、非常に危険に思えることは、よくわからないユダヤ人批判。彼は一応はナチズムや在特会を批判するが、また、世界が「ユダヤ」の金融資本というようなものに支配されているというような議論にも加担していて、それが断片的に言葉に出てくることがある。しかし、このような怪しげな議論に流されるほど見識がない人間には見えないので、そういうトンデモ理論、陰謀論、妄想のような議論については、おのずから修正されることを期待して、注目していた。その修正がうまくいかなければ、そういう議論は簡単に危険な方向に向かうものだとも思う。
彼の言っていることでよくわからないことの一つが、銀行の信用創造「特権」の剥奪という主張。銀行の預金通貨、信用創造が「特権」ということなのか、用語的に不自然であり、初めから違和感のある言い方だが、近年の日本の経済不振と金融政策の機能不全の一部を批判するところもあり、主張を整理しようとしていた。整理されてから、ツイキャスで質問しようとしていて、それまでもいくつかコメントしていたところ、突然、「あなたは出入り禁止だ。ほかのところで遊んでいろ」ということ。
私は、遊んでいたわけではない。ツイキャスの簡単なコメントで会話するのは限界があるが、彼の主張の疑問点を短い文で投げかけていたに過ぎない。そのような短い不明瞭な批判が心地よいものでないことはわかるが、批判めいたことを言われたら『出入り禁止」で、「よそで遊んでいろ」とは無礼千万。彼の諸説が正しく、私の理解力が欠けていて、そんな初歩的な話が分からない奴は来るなと言っている積りならば、彼は自信過剰だというべきだろう。
結局、彼の放送は、時事ネタをいろいろと取り上げ、自分流の、決して洞察力に富んでいるとは言えない自説を垂れ流し、ご追従の反応がほしいだけなのだということなのだろうか。あまりに残念な結果である。