二、三のブログ記事を書いたら、ランキングなどという数字が横に出て、上がったり下がったりしている。正確には、下がったり下がったりしているというべきか。それで、何かもっと書かないと、ランキングがもっと下がってしまうのかと、競争観念にとらわれてしまう。競争は人間のもともとの本能なのか、第二の本能なのか、とにかく、私自身もその本能に簡単に支配される人間だ。
それで何を書いたらいいのか。ユダヤ人。ううん、ユダヤの金融資本、あるいは、ニセユダヤの金融資本が世界を支配しているとか、創価学会も統一教会もオウムもみなそのコントロール下にあるなどと荒唐無稽な話を真顔で放送している人がいるので、ユダヤ人ってなにか、考えてみたい。しかし、あまり、厳密に考えると、大著になると思うので、ほどほどに。
どこかの財閥が世界を支配していて、諸悪の根源はそこにあり、それはユダヤ人であったり、あるいは偽ユダヤ人であるという。偽っていうけど、本物の何か有利さとかすぐれた性格を借用することで、偽が役に立つのだろう。偽ブランドとか、偽皇族とか。たとえば、動物界でも、猛毒を持つトカゲがいて、そのトカゲは毒のために肉食獣に捕食されない。そうすると、毒はないけれども、そのトカゲに外見がよく似ているトカゲが進化して、身の安全を図るというようにだ。
ユダヤ人のにせものになることで、どういう利益があるのだろうか。しかもその「偽ユダヤ人」なる人々は、上はイギリス王室から、下はオウム真理教まで、世界のすべてを支配することができるほどの財力と権力をすでに手中にしているそうだ。なぜ、ユダヤ人を装う必要があるのだろうか。
この程度のことは、一定の知的水準があれば、だれでも考え付くはずなのに、インターネットの世界はそういう話があふれかえっている。そういう人たちが、大手メディアで伝えない本当の話をネットメディアで伝えるなどというのだが、そんなデマみたいなものを、たとえば、地震が起きたら「朝鮮人」が井戸に毒を入れたというのとほとんど同質の情報をホイホイ伝えるネットメディアだったら、期待できないとはいえ、一応の放送倫理規定を定めている大手メディアの方がまだましではないかということになる。
もう一度聞きたい。偽ユダヤ人ってなんなんだ。そもそも、日本社会はユダヤ人の文化と遠いところで成立していて、ユダヤ人なんてよく知らないはずだ。偽と本物の区別がつくのか。