ユダヤ人という概念で、日本で共有されている特質はどのようなものがあるだろうか。ナチズムによるホロコースト、シェークスピアのベニスの商人、日本の外交官の杉原千畝のビザ発行、それから、イダヤ・ベンダサン=山本七平という本物の(?)偽ユダヤ人の書いた『日本人とユダヤ人』なるベストセラー。パレスチナに建国され、人権を踏みにじる行為を続けて国連の批判にも耳を貸さず、しかも中東で唯一の民主主義国などとどこかの大国が「評価」している現代のイスラエル。非常に多様である。
ユダヤ人が科学や芸術において、非常に重要な貢献を果たしていることも万人の認める所である。たとえば、アインシュタイン、チャップリン、マルクス。
彼らの歴史の原典が旧約聖書である。ユダヤ人と言うのは、民族ではなく、宗教の範疇であるというのが、ある程度の知的水準を備えた人の常識であるが、そういう風に説明しても、一部の妄想論者は納得しない。しかし、人間の歴史において、血統と言うものが強く尊重されてきており、血統なしにユダヤ人というエスニックを理解するのは難しいとは言わないまでも、少なくとも一部の人々の期待を裏切る言い方なので、その点を考えてみたい。
ユダヤ人と言うのは現在は宗教の範疇だが、その昔はユダヤ人と言う民族が歴史的に形成されていて、それが亡国とディアスポラ(離散)により、民族的な統一性を失って、宗教性のみが残って今日に到った。そういう風に考えると、正確さの保証はできないが、理解しやすいかもしれない。しかし、これは誤りである。
加藤隆の『「新約聖書」とその時代』(NHK出版、2010年7月1日))によると、ユダヤ人の成立は「出エジプト」に起原がある。このとき、大国のエジプトの地に非エジプト人の人々が奴隷状態で住んでいて、モーゼが指導者となり、エジプトから脱出した。逃亡した人々は、エジプト人ではないという共通点しかない雑多な人々だったが、エホバ、ヤハウェなどと言う神の助けを借りなければ逃亡が成功しなかったので、エホバに対する信仰を共有し、その信仰をもって結束することになった。彼らは40年間放浪したのちに、現在のパレスチナに到着して、ここに定着した。彼らが当時の最先進国家エジプトから脱出できたのは、奇跡的なことであり、奇跡を助けたのが嫉む神エホバであり、脱出した彼らはその神に対する信仰と言う意味で共通のエスニックになった。共通のエスニックと言っても、緩やかな部族連合で、12の部族があり、それがイスラエルの12支族だというわけだ。紀元前13世紀のことだという。ちなみに、紀元前13世紀というのは紀元前1300年から紀元前1201年までの期間を言う。
彼らは、やがてパレスチナ付近に王国を建てた。ダビデ王が実質的にきちんとした王国を成立させ、次代のソロモン王までは安定していたが、ソロモン王の死後、王国は南北に分裂した。北の王国には10支族が、南の王国には2支族が属した。北の王国は紀元前8世紀後半にアッシリアによって滅ぼされた。南の王国も、紀元前6世紀前半にバビロニアによって滅ぼされた。北王国の滅亡後、属していた10部族は、アイデンティティーを維持せず、歴史の中に消えて行った。しかし、南の王国の滅亡後には、その国民たちはバビロン捕囚のような過程を経て、社会的なグループを形成し、神との契約があったのになぜ、イスラエル王国が滅亡したのかを自問し続けることになる。そこで、排他的な一神教のユダヤ教が形成されたと言える。結局、神との契約があったのに、民の危機に神がこれを救わなかったのは、民が神との約束を守っていなかったからだと解釈するしかなかった。そこで、ユダヤ教では厳しい律法を設けて、この律法に厳格に従うという行動様式が形成されたのである。嫉む神は、この律法を厳格に守らない民を許さないのだ。
紀元1年ごろには、パレスチナの地はローマ帝国の支配下にあり、ユダヤ人はエルサレムに神殿を建てて、これを信仰していた。ところが、ユダヤ教徒の中から、イエス・キリストが現れ、律法や神殿に固執するユダヤ教団を批判し、この宗教改革運動がキリスト教として独立していくのである。
こうみてくると、ユダヤ人は、その成立起源から宗教的な概念で、現代のユダヤ人はもちろん宗教的なグループであり、人種、血統から語るべき概念ではないというべきだろう。