ちょっと前、パートでミスをした。

一瞬、やってしまったかも!と思ったのに

見て見ぬふりをしてそのまま帰宅した。


でも、私はわかっていた。

やらかしたと。


ただ、このまま黙っていたら

誰がやったかわからない状態になるなとも思った。



次の出勤は二日後だった。

でも、やらかしたかもと帰宅したその瞬間から

心が落ち着かず、

子どもたちにはイライラし、

ずーんと重いものがお腹の中にあった。


なぜ、やらかしたと思ったときにすぐ確認しなかったのか…

すぐに確認して上司に報告すれば良かったのに…


なんとも言えない感情でいっぱいになった。


ずるい私は、楽になりたくて

夫や息子にやらかした“かもしれない”と話した。


みんな「大丈夫じゃない?」とか

「本当にやらかしたのか確認してみないとわからないよね」

とか優しい言葉をかけてくれたけれど、

私はわかっていた。


確実にやらかしていると。


夫には、この体感は絶対に黒だとは言った。


話しているうちに腹を括り、

次の出勤で確認して報告することにした。


幸い、お客さんに影響はなく、

フォローしてもらえることになった。


何より、怒られなかった。

上司はもともと感情的に怒ったりはしないように

気を付けていると知っていたけれど

人間だからイラッとする場面は見たことがあるから

そうなるかと思ったのに、

イラッどころか改善策も考えてくれた。


まだまだ完璧な自分であろうとしてしまい、

失敗する自分が許せない。


許せないから失敗を隠そうとしてきた。


長年やっているから反射的にやってしまう。


でも、失敗せずに生きていくなんて無理だ。


失敗したならすぐに報告したり助けを求めるのが

一番傷が浅い。


今のパート先ではすぐに報告するを徹底していたのに

働き始めて一年以上経ち、

出来る仕事が増えたら

「出来る自分でありたい」気持ちが出てきてしまった。


この気持ちも悪くはないはずだけれど

私にとっては自分らしくいられなかった一因で

やっと少しずつ受け入れてきたから

手離したい。


役に立たない自分もいていい。


承認欲求は他で満たせるようにしたい。


私が失敗する自分が許せなかったから

子どもの失敗にも厳しくなっていた。


失敗しない子どもなんていないのに、

失敗を隠されて子どもが一人で苦しんでいたらなんて

考えただけでつらいのに、

きっと私は失敗したと言いづらい雰囲気を出していたはず。


帰宅してやっぱり失敗していて報告したら大丈夫だったよと

子どもにも伝えた。


あまり聞いていなかったけれど

失敗する自分を見せていくしかないのかなと

恥ずかしいけれどやってみている。


世の中、失敗しても優しくしてくれる人がほとんどなのに

一番身近にいる自分が厳しすぎて

世界を歪んで見ていた気がする。


もっと、

自分に優しく

我が子に優しくなりたい。



今日の3goodthings
赤薔薇昨日のパートで掃除をして全身怠かったけれど、できることをやった。アイロンでパンツのセンタープレスがうまくできた!
赤薔薇底の角が剥がれてきたお気に入りのバッグをリメイクした。うまく剥がれが隠れてまた使えるようになった。
赤薔薇夕飯の準備を早めにしたから次男の宿題を慌てずに付き合えた。