
【出演】
小林聡美、加瀬亮、黒木華、原田知世、森岡龍、大島依堤亜、光石研、市川実日子、もたいまさこ
【監督・脚本】
松本佳奈、中村佳代
“日々の風景の中に、そして自分自身の中に、オアシスを探す旅へ出てみませんか。
そこにはきっと、東京の「いま」が見えてきます”
見つめてみよう……きっと誰かが見えてくる。

深夜の国道。
走るトラックへ向かって駆け出した喪服の女・トウコは、コンビニの前でアイスを食べていてその様子に気づいて助けに入ったナガノの、見事な‘回転レシーブ’によって九死に一生を得るが……。
「別に死のうとしてた訳じゃないですよ。ヒッチハイクしようとしてたんです」
するとトウコは、車に乗り込もうとするナガノに走り寄り、
「乗せてください!」
「え?でも怖くないんですか?もし僕が悪い男だったらどうするんですか?」
「こんなにたくさんレタスのダンボールを積んでるヒトに、悪いヒトはいないと思いますよ」
二人を乗せた車は高速道路を進む。

女優の仕事をしているらしいトウコは、
「衣装を着たまま撮影の現場から抜け出してきた」のだという。
どこかとらえどころのないトウコの話を半ば疑いながら聞くナガノだが、彼もまたゆく道を見失い、止まってしまった人だった。

「実は僕、草食系の結婚詐欺師なんです……なんて言ったらどうしますか?」」
やがて、車は夜明けの海岸へ辿り着く。

「私が来たかった場所はここ……どうしても来たかったの」
「ここですか」
「そう、ここ!」
朝もやのかかる風景が、水平線のその先を見つめるトウコの心を優しく輝かせていった……。

とある夜……トウコは、ふと入った小さな映画館で眠りこんでしまう。

目覚めると、そこには懐かしい知り合い、キクチが立っていた。

かつてシナリオライターをしていたキクチは、あるとき唐突に仕事を辞め、今は映画館で働いているという。
「トウコさんが出ていた映画も上映しましたよ」
「あれからは一切、シナリオを書いていない」
と言うキクチに、
「なぜ辞めたの?」
そんな素直な問いを優しくストレートに投げかけるトウコ。

仕事や自分のことを感じるままに語っていくキクチ。
彼女が辿ってきた悩める道は、トウコが歩み続ける道でもあった。
一つのことを長く続けること、そして、かつての場所に戻ること。
「この頃、シナリオを書いていた頃のことを思い出すんです」
「また書いてみたら?」
そう明るく語りかけ、そして自らの中にも新しい風が吹き込んでくるのを感じていた。

のんびりとした動物園。
トウコは、空っぽのツチブタの柵の前に佇む若い女・ヤスコに声をかける。
「ツチブタは一日一回、餌を食べる時しか出てきませんよ。運が良くないと見られないんです」
「じゃあ、無理ですね……私は運に見放された女なんで」

美術大学を目指す5浪のヤスコは、自分に見切りをつけるため、この動物園にアルバイトの面接を受けに来た。
そして、その面接にすら「たぶん落ちました」と肩を落とす。
猿山の猿たち、草をはむキリン、カメラを構え、動物を見つめる人……それぞれの生きものがそれぞれの時間を過ごす園内を、ゆっくりと回るトウコとヤスコ。

鳥の柵の前に立った二人は、天井に縁どられた小さな空を見つめる。
そして、この世界のどこかの、たった一人で歩く生きものたちのことを思う。
ヤスコにまっさらなはじまりの気配を感じながら、トウコは再び、かろやかに歩き出していった。

そんな瞬間を重ねながら、トウコの歩くテンポは決して定まることなく移り変わってゆく。
それはまるで駆けてゆくような、そして流れるようにのびやかな、東京という街の持つ優しいテンポである。
再び歩き出したトウコの前には、きっと見慣れたはずの、けれど新しい東京の街が、光りゆらめくように動きはじめていた……。

様々な人たちが暮しを営む街・東京と、そこに生きる自身の姿。小さな出会いから生まれる、ふとしたふれあいを描くスロームービー。

『かもめ食堂』『めがね』『プール』『マザーウォーター』と、人と場所との関係をシンプルに見つめてきたプロジェクトが次に選んだ舞台は、東京。
走る車の窓から映し出される夜の東京の風景から、映画は始まる。
ビルの間を抜けてゆく雲、夜の道に連なる車の灯り、器用に交わし合う人の波……などの駆けてゆくようなテンポで移ろう風景。
そんな東京のどこかから、そして何かから逃げてきた女優・トウコ。
彼女が行く先で出会うのは、やはりどこか別の風景を探してさすらう、迷い人たち。
深夜の高速を車で走るナガノ、映画館で働くキクチ、動物園にアルバイトの面接を受けに来たヤスコ。
3人とのそれぞれの時間が、トウコに忘れかけていた風景を蘇えらせ、再び歩き出した彼女の中には、新しい日常が光りはじめるのです。
みんなと同じ方を向いていれば、安心していられる街。
そして、ひとりでいることと、誰かと一緒にいることの境界が曖昧になっている人たち。
そんな風景の中で、人が人とふれ合うことは、とても難しく、特別なことかもしれないが、ふとした会話から生まれる……そんな小さな出会いがもたらす心潤うささやかな時間。
人は、そんな潤いのひと時を欲しているのではと感じさせられます。
どこへ向かうのか分からないけれど、それぞれの道を選んでいく人々。
いま見つめているものの、さらにその先へと続く日常という旅路を登場人物らは、これからも進んでいくのでしょう。
一連のプロジェクト作品と同様、今作もただただ静かに流れる時間と、何てことはない普通の台詞で……クライマックスらしいクライマックスなどなく、ひたすら淡々と物語は綴られてゆく。
身も蓋も無い言い方をしてしまうと、トウコという女性が東京の街で3人の男女に出会い、会話を交わしてまた別れてゆく……それだけのお話。
一歩間違えると退屈な映画に成り兼ねないけれど、でもいつしかその独特の世界に深く入り込み、登場人物たちに共感している自分がいました。
『東京オアシス』というタイトル通り、杉並、新宿、青山、世田谷の街並み、東京タワー、今では絶滅しつつある昔ながらの小さな映画館、動物園……等々、様々な東京の顔が出てきます。
(但し、動物園は千葉でロケされたらしい)
そんな東京に夢を求めてやってきたはずなのに、掴んでみたら何かが違うと模索する主人公たち。
トウコは、夢を叶えて女優になったはずなのに逃げ出してしまった。
そしてその先々で出会う人はかつての自分でもある。
手にした夢が思ったものではなかった人、手にできずに立ち止まっている人。
トウコと3人とのふれあいに嘘はないが、あくまでその時だけのもの。
そんな小さな出会いの連続が東京のオアシスなのです。
主要キャスト4人が好演。
特に小林聡美と原田知世に大注目!
目黒シネマの客席やロビーで会話を交わすシーンは、ワンシーンワンカットの長回し撮影を多用しており、二人の台詞のやり取りに引き込まれます。
大林宣彦監督の尾道三部作の『転校生』の一美こと小林聡美と『時かけ』の和子こて原田知世……いわゆる大林組の二人が四半世紀以上の時を経ての初共演。
大林&尾道三部作ファンにとっては感慨深いものがあるまさに涙モノのシーンです。
それから新人の黒木華の清楚さが凄くいい。(タイプ的には檀れい風?)
今後に期待したい女優です!
また、このプロジェクトには欠かせない常連の光石研、市川実日子、もたいまさこもワンシーンだけ出演しています。
あと気になったのが……結局、最後までその姿が分からなかったツチブタ。
「ツチブタってどんな姿だと思う?」
「茶色っぽい毛をした猪みたいな感じですか?」
「う~ん、ちょっと違うかな」
そのツチブタは姫路の動物園に移送されてしまっていたという設定でしたが、実際に姫路の動物園にいるらしい。(飼われているのは日本ではここだけとか)