
【監督】
池谷薫
“私を殺人者にしたあの戦争とは何だったのか”
「私たちは上官の命令に従い、蟻のようにただ黙々と戦った」
終戦直後の山西省で何が起こっていたのか?

今も体内に残る無数の砲弾の破片。
それは‘戦後も戦った日本兵’という苦い記憶を80歳になる奥村和一に付き付ける。

かつて奥村が所属した部隊は、第2次世界大戦の終結後も中国に残留し、内戦を戦った。
世界の戦争史上類を見ないこの‘売軍行為’を日本政府は「兵士たちが志願して勝手に戦争を続けた」として黙殺。
長い抑留生活を経て帰国した奥村たちを待っていたのは、逃亡兵の扱いだった。

「自分たちは、なぜ残留させられたのか?」
彼は元残留兵たちと共に国を相手に軍人恩給を求め最高裁に上告。
戦後3年もたった戦闘で、なぜ戦友は「天皇陛下万歳!」と叫んで死ななければならなかったのか。
「真相を明らかにするまでは、死んでも死にきれない!」
仲間たちの想いを背に、奥村の命を賭けた戦いが始まる。

真実を明らかにするために中国に足を運んだ奥村に、心の中に閉じ込めてきたひとつの記憶が蘇る。

終戦間近の昭和20年、奥村は‘初年兵教育’の名の下に、罪もない中国人を刺殺するよう命じられていたのだ!
戦争の被害者であり加害者である奥村が‘日本軍山西省残留問題’の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追うドキュメンタリー。
中国山西省で終戦を迎えた北支派遣軍第1軍の将兵2,600人は、武装解除を受けることなく残留を余儀なくされる。
国民党軍の部隊として、戦後4年間共産党軍と戦い、550人が戦死。生き残った者も700人以上が捕虜となり、ようやく引揚げることができたのは、昭和290年のことだった。
「軍の命令で残った」と主張する元兵士らは「志願による残留」とみなされ、戦後補償に応じない国を訴え続けている。
「私たちはみんな帰りたかった。残留などしたくなかった」
この事実が多くの日本人にとって知られることの無いまま、記憶の風化と共に歴史の闇に葬られようとしている中、ひとりの老人・奥村和一が、日本軍山西省残留問題の真相を解明しようと闘い続ける姿をカメラは追う!
奥村の体には、未だ無数の砲弾の破片が残り、左耳の聴力と全ての歯が失われている。
しかし彼は、戦争によりそれ以上のものを奪われた。
初年兵教育の名の下に‘肝試し’と称してなされた中国人の虐殺を巡るエピソードは、戦争がいかに人間の尊厳を破壊しつくすかを如実に物語っている。
「とにかく無我夢中で銃剣で心臓を突き刺した。上官からの命令なので、嫌でもそうせざるを得なかった」
真実を見極めようとする奥村の中国への旅は、この問題自体を黙殺しようとする国家に対する戦いと、侵略戦争の加害者としての贖罪という二重の意味に彩られているのだ。
これまで妻にさえ絶対に語ることのなかった自らの戦争体験を明らかにすることで、彼にとっての戦争に決着をつける道を見出すその姿は、戦争責任を省みることなく、総括することもせずに歩んで来た日本の歪んだ像を際立たせていく。
映画の冒頭で、靖国神社を訪れる奥村だが、参拝はしない。
「国に命令されて戦争で死んだ人間は神ではありません。そういうごまかしは許さない」
そして奥村は若い女の子たちに声をかける。
「参拝に来たの?」
「初詣に」
「ここは戦争で死んだ人たちが祀られている場所だとは知ってる?」
「へ~そうなんですか?関係ないです。普通に初詣に来ただけだし」
戦争体験者と非体験者の果てしない温度差をまざまざと見せつけられるシーンでした。
また終戦記念日での靖国にて講演をするルバング島の残兵・小野田寛郎さんに、
「小野田さん!侵略戦争を美化するんですか!?」
と激しく詰め寄り、その言葉に激昂して言い返す小野田さんの姿も収録されているのも興味深い。
それから奥村が中国で、日本兵に拉致・強姦・暴行を受けた過去を持つ女性との対面シーンも印象的。
彼女が話す内容は、思わず耳を塞ぎたくなるくらい、あまりにも惨い。
「私は当時のことを今でも妻に話すことが出来ません」
と言う奥村に対して、その女性は……
「話すべきです。強いられて仕方なくやったんですから。今のあなたは、悪人には見えません」
そして、下っ端の兵士たちを置き去りにして、自分だけは偽名を使いさっさと帰国した参謀の密約書を目にした奥村は怒りを爆発させる!
「最後まで戦って潔く死ねって言ったんですよ。それなのにテメーはね、逃げ帰ったんだ!奴は戦犯ですよ。それをね、日本に逃げ帰るってどういうことですか!卑劣な奴ですよ。これが日本軍隊の本当の姿ですね……」
これは凄いドキュメンタリー映画です!
奥村さんの凄まじい執念に圧倒させられます。
「生き証人に話を聞いて、真相をはっきりさせる。でもね、私にはもう時間がないんですよ」
奥村和一さんは今年の5月に永眠されたそうです。亨年86歳。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。