
【出演】
木村多江、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵、寺田農、八嶋智人、木村祐一、田中要次、斎藤洋介、春海四方、温水洋一、峯村リエ、山中崇、光石研、田辺誠一、志賀廣太郎、横山めぐみ、加瀬亮、片岡礼子、新井浩文、柄本明、上田耕一、江口のりこ
【原作・監督・脚本・編集】
橋口亮輔
‘ある夫婦の10年の物語’
ふたりはどこにでもいるような夫婦。

佐藤翔子は女性編集者として小さな出版社でバリバリ働いている。
一方、カナオは法廷画家の仕事に戸惑いつつ、クセのある記者・安田やこれまたクセある先輩画家らに囲まれ、次第に要領を掴んでいく。
職を転々とするカナオを、翔子の母・波子、兄・勝利とその妻・雅子は好ましく思っていない。
しかし、そんなカナオとの先行きに不安を感じながらも、小さな命を宿した翔子には喜びのほうが大きい。
「お、動いた!」
カナオと並んで歩く夜道で、翔子は小さくふくらんだお腹に手を触れる。カナオのシャツの背中をぎゅっと掴んで歩くその後ろ姿には、幸せが溢れていたが……。

1994年2月。ふたりの部屋に掛けられたカレンダーからは「×」の印が消えている。
寝室の隅には子どもの位牌と飴玉が置かれていた。初めての子どもを亡くした悲しみから、翔子は少しずつ心を病んでいく。
法廷でカナオは様々な事件を目撃していた。
1995年7月、テレビは地下鉄毒ガス事件の初公判を報じている。
そんな中、産婦人科で中絶手術を受ける翔子。すべてはひとりで決めたこと、カナオにも秘密である……が、その罪悪感が翔子をさらに追い詰めていく。
1997年10月、法廷画家の仕事もすっかり堂に入ってきたカナオ。
翔子は仕事を辞め、心療内科に通院している。
台風のある日、カナオが帰宅すると、風雨が吹きこむベランダで、翔子はびしょ濡れになって座り込んでいた。
「わたし、子どもダメにした……」
翔子は取り乱し、カナオを泣きながら何度も強く殴りつける。
「どうして……どうしてわたしと一緒にいるの?」
カナオは優しく抱きしめると、
「好きだから……一緒にいたいと思ってるよ」
ふたりの間に固まっていた空気が溶け出していく瞬間だった……。

どこにでもいるような平凡な夫婦を突如として襲う悲劇……初めての子供の死をきっかけに、翔子は精神の均衡を少しずつ崩し、鬱になっていく。
そんな彼女を全身で受け止めるカナオ。
困難に直面しながら、一つずつ一緒に乗り越えていくふたりの10年に渡る軌跡を、どこまでも優しく、時に笑いをまじえながら描くラブストーリー。

人はひとりでは無力だ。しかし、誰かと繋がることで希望を持てる。
決して離れることのないふたりの絆を通じて、そんな希望の在り処を浮き彫りにする、ささやかだけれど豊かな幸福感に包まれている作品。
法廷画家のカナオが目にする90年代の様々な犯罪・事件を織り込みながら、苦しみを乗り越えて生きる人間の姿を温かく照らしだしていきます。
週3日は「する日」を決めている……何事にもきちんとしなければ気がすまない翔子と、あまり‘すること’に乗り気ではないカナオとのやり取りが笑えます。
「今日は‘する日’だよ」
「バナナ食べながら怒ってる女を前にしたら勃たないよ」
「それでもするの!」
「じゃあ口紅つけてよ」
「はあ?何でよ?」
「口紅つけてくれたら出来るかなって」
「今日は口紅つける気分じゃない」
延々と‘する’‘しない’と議論し続ける描写が可笑しい。
そしてやっとベッドへと思ったら……憤慨して部屋から出てくる翔子。
「そっちの穴は、やめてって言ったでしょ!」
「たまにはいいかなぁと思って」
「バカ!ほんとバカ!」
「バカって言うなよ……バカって……」
そして、素っ裸のままキッチンの水道で‘なに’を洗うカナオの後ろ姿が切ない!?
大きな悲しみから心を病み、やがてそこから力強く再生していく女性の姿を、身を削るようにして演じきり、凛とした佇まいと繊細な感情を見事に表現した木村多江が素晴らしい!
10年に渡る物語とあって、その度に髪型もイロイロと変化。
一方、靴の修理工から法廷画家へと職を変える頼りなげな夫・カナオを演じるリリー・フランキー。
翔子を優しい眼差しで見つめ、何があっても受けとめ支え続ける慈愛に満ちた役柄を、飄々とした雰囲気で好演。
ふたりの会話はまるでドキュメンタリーを観ているかのように自然です。
演技やフィクションを超えたリアルな感情が伝わってくる。
脇を固める役者陣の演技も見応え満点。
特に柄本明と寺島進が秀逸!