
【キャスト】
スーザン・サランドン、ショーン・ペン、ロバート・プロスキー、R・リー・アーメイ、レイモンド・J・バリー
【監督】
ティム・ロビンス
ルイジアナ州ニュー・オーリンズの貧困地区。
‘希望の家’で社会活動をする尼僧のヘレン・プレジーン。
彼女はある日、死刑囚のマシュー・ポンスレットからの手紙を受け取る。
それには‘上訴するために手伝って欲しい’と書いてあった。
マシューは相棒と二人で若いカップルを惨殺し、殺人及び強姦の罪で州立刑務所に収監されていた。
ヘレンはマシューの求めに応じ刑務所を訪れ、面会をする。

マシューはタバコを吹かしながら……
「刑務所は初めてかい?」
「ええ」
「殺人犯と会うのも初めてだろ?」
「……ええ」
「俺は無実だ。殺してはいない」
「…………」
「もう6年もここにいる。今日もひとり殺されたよ。次はいよいよ俺の番かもな」
不遜傲慢で冷酷そうなマシューは印象こそ悪かったが、共犯者が無期懲役なのに対し、不利な証拠が重なって彼だけ死刑が確定したという事実に彼女は疑問を持つ。
そんな時、マシューから電話が。
「死刑の日取りが今月と決まったよ」
ヘレンは弁護士のヘルトンを連れて、マシューに会いに行き、特赦審問会に訴えることになったが、そこでマシューの母親にスピーチさせるという提案をする……が、マシューは何故かそれを拒否。
ヘレンは、マシューの母親に会いに行く。
母親は死刑囚の家族であるために、周りの人間から嫌がらせを受けていた……だが、「息子のことは変わらず愛している」と告げる。
特赦審問会が開かれるも、結果は却下。

そこには殺されたカップルの親たちも来ていた。
彼らはヘレンに対して嫌悪感を露わにする。
ヘレンが、マシューの死刑執行までの精神アドバイザーを引き受けることになった。
マシューに会うごとにいろいろな話をし、彼の性格も人種差別者の傾向も分かってきたヘレン。
「俺はニガーは嫌いだ」
ヘレンは、娘を殺されたパーシー一家を訪ねる。
パーシーの親は娘について色々と話す。それはヘレンがわざわざ訪ねてきたので、 マシューを助けることをやめたのかと思ったからだ。
しかし、ヘレンは……
「マシューのアドバイザーは続けます」
「あいつは人間じゃない!動物だ……いや、動物以下だ!あなたは尼僧なのに、それでもあんな奴を支援するのか!?今すぐに出て行ってくれ!」
その後、ヘレンはマシューが……
「ヒトラーがやったことは正しい」
「もし釈放されたら、爆弾テロを起こす」
という発言をしていたことを知る。
‘彼は本当に、助けるのに値する人間なのだろうか……’
ヘレンは心の葛藤に苛まれて……。

マシューの死刑執行を止められるのは、知事の許可又は上訴審だけであった。 だが知事は、「妥当な理由がない」と死刑執行を取り消さなかった。
ヘレンは、マシューの心の平和を祈ることしか出来ない。
そして遂に死刑執行の日。
マシューはヘレンに初めて真実を!
「俺が殺った」
自分が確かに殺してしまったこと、その状況を事細かに話す……最後の最後で、ヘレンに心の中を吐露したのだ。
「二人の死にも責任を感じている。とんでもないことをしてしまったんだ、俺は……」
と泣き崩れる。
「あなたは‘神の子’よ」
ヘレンは慰めの言葉をかけることしか出来ずに……。
「デッドマン・ウォーキング」
看守の声が響く。
マシューは死刑台へと歩いていく。

そんな彼に最後の言葉をかけ、立会人席に座るヘレン。
その場には、殺された二人の親もいた。
全身を拘束されるマシュー。
腕には薬物による死刑執行のための注射の管が打たれた!
最後のとき……。
マシューは、殺した二人の家族に謝罪し、許しを請う。
そして……ヘレンに、
「愛してる」
午前0時……マシューは静かに息を引き取る。
死刑囚とカトリックの修道女の心の交流を綴ったシリアス人間ドラマ。
基本的に死刑廃止論の立場で描かれているが、と同時に被害者の両親等の死刑賛成派の意見も描かれている。
作品を通してのテーマは、「許し」とも重なる「愛」と「死刑制度の是非」。
暗く重い内容ですが、‘人間の尊厳’について深く考えさせられます。
スーザン・サランドンとショーン・ペン、演技派の二人による共演、そしてティム・ロビンスの重厚な演出と見応え満点の秀作でした。