「ふざけんじゃねえぞおおおおぉぉぉぉ!!!」
俺は気付けば怒声を放っていた、今まさに俺を抱えて飛び降りようとしているその女に向って。
「てめえと一緒に心中することが俺の本望なわけねえだろうが!
俺はあんたの思う通りになることが、いっちばん嫌だったんだよ!
それなのに、俺はあんたの顔色ばっかり窺って育ってきちまった、本当にどんだけ恨んだか測り知れねえよ!!
だけど、俺は結局あんたみたいな人間になっちまったんだ、人として生きている価値がないようなくそったれな人間にな!!
だからあんたも俺も死んじまったほうが世の中のためになる人間なんだよ!!
だから早く飛び降りて死ねよ! 俺ともども地獄に行っちまえよ!!
……でもなあ、出来ねえだろ?
出来ねえんだよ、それが。俺たちが最低な理由はなあ、自分たちが最低だと自覚してても、生きる価値なんかないとわかっていても、それでも自分で死ぬ勇気なんかこれっぽっちもないってことなんだよ!!
最低だよな、最悪だよな?
てめえのケツも自分で拭けないくそ野郎どもなんだぜ!
それでいてお為ごかしの連続で自分の正しさを主張し続ける。ずうずうしくも生き続ける。そんな最低連中が集まった家族なんだよ!!
特に俺とあんたは、親父や妹と違ってそれが顕著だよな!
同類も同類、同族嫌悪、家族嫌悪も甚だしいぜ!!
でもよぉ、だからなおのこと許せねえよ。
勝手にここで俺の物語を終わらせようなんて真似はよ!
本物のあんたは俺を抱えて飛び降りる勇気なんて結局最後までできなかったんだ。何年経っても同じ。逃げるだけの勇気すらなかったチキン野郎なんだよ!
だからよぉ、その柵にかけてる手を早く外せよ、結局今日も死ねなかったって自分の意気地のなさを呪えよ!
また明日も俺の悪魔の泣き声に耐える仕事に取り掛かれよ!
おい、何さらに身を乗り出してんだよ?
ここは3階とは言え打ちどころが悪かったら死んじまうんだぞ、
俺のじいさん、あんたの父親だって大したことない接触事故で頭打って死んじまっただろ?
って今のあんたは知るわけもないか。
くそっ、何だよ完璧無視かよ! あんたの息子がこれだけ罵詈雑言を浴びせてるんだぞ!何とか言えやこらぁ!!
ってかそこの『俺』!!! いつまでも泣きわめいてないで何とか言ったらどうだぁ!
てめえの人生だろうがあぁぁぁ!!!!」
俺はもはや理性を完全に失っていた。
実体を持たない俺の声は、赤ん坊の俺を抱えた過去の母親には決して届かない。
先ほど、今死んでしまうのが正解だ。などと言った発言はまるで耳に入っていたかのように、母の決断を後押ししたかに思えたのだが、今はいくら大声で叫んでも母の決意が揺らぐ様子はなかった。
それでももちろん、手すりから身を乗り出した状態で、しばらく思いを巡らせていたのだが。
唐突に――そんな身軽な動作が母親にできたことが信じられなかったが、
左手に俺を抱えたまま、右手と両足のバネを使って、ひょいとベランダの柵の上に飛び乗った。
そしてついていた右手を離し、ゆっくりと柵の上に立ち上がる。
赤ん坊の俺を両手で抱えなおし、まるでしっかりとした地面に立っているかのように、危なげなく柵の上で直立した。
そして夜空に浮かぶ俺……いや、その背後にある月を一瞬だけ見上げて、
そのまま倒れこむように、
……落ちた。