依然として行方の分からない“大日本誘拐団”の主犯格“リップマン”こと淡野。
神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、“リップマン”に向けて番組上での対話を呼びかける。
だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた!
天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画、捜査本部内の不協和音と内通者の存在…。
警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下す決断とは?
リーダビリティの高さは「さすが雫井脩介」。
ほぼ一日で500ページの書籍を一気読みさせる力は並ではありません。
比喩ではなく、ページを繰る手が勝手にどんどん加速していきました。
第一作目の「犯人に告ぐ」では巻島側(捜査側)の視点から事件が描かれていました。
二作目では犯人側の描写がかなり多く、どちらかと言えば砂山兄弟に感情移入しながら読み進めていた記憶があります。
過去二作に対し、本作では犯人側・捜査側の状況や思考・行動が等分に描かれていますね。
これが本作の魅力のひとつだと思います。
犯人の側からは(スパイがいるとは言え)警察の動きが全部わかるわけではない。
警察は当然、犯人の居場所も彼らの計画も知り得ない。
でも、読者はそれらをすべて見ることが出来る。
こういう小説は意外にありそうでないものです。
要するにミステリというのは何かが読者の眼から隠されているのが当たり前で、それが全部説明されながら進行していく作品というのは実はあまり無いのです。
そして本作は、だからこそに面白いと言える。
たとえて言うならこういうことです。
「8時だョ!全員集合」のコントで定番のギャグ。
志村けん演じるキャラクタが歩いていると、背後から幽霊とかモンスターなんかが迫ってくる。
舞台上の志村はそれに気が付かないのですが、観客席からは志村のピンチが丸見えになっているので、子供たちが「志村、うしろ後ろー!」と大騒ぎする。
で、志村が後ろを振り向くと、幽霊はスッと消えてしまう。
そしてまた背後に幽霊が現れて「志村、うしろ後ろー!」。
このときの子供たちの興奮とハラハラドキドキ感がこの小説にはあるんです。
犯人側の行動が全部わかっているわけですから、読者にしてみれば「巻島、後ろうしろー!」という感じなんですよね。
このやきもきする感じとか、巻島の思考や行動がやっと読者に追いついたときの安心感・充足感、そういったものがすべてライブ感覚で味わえる。
それがこの作品の魅力になっているのだと思います。
ストーリーそのものはシンプルなんですよ。
決して複雑な構造にはなっていない。
アワノが引退して由香里の傍にいよう、これを最後のシノギにしよう、と決心したとき、ほとんどの読者が「あーあフラグ立ったね」と思うはずです。
戦場で「この戦争が終わったら俺たち結婚するんです」って言いながら写真入りのペンダントを見せる、ってくらいベタなフラグ。
で、案の定、アワノ死ぬし。
でもそこはベタで全然構わないんです。
先が読めたからってこの作品の魅力はひとつも損なわれることはない。
スピード感とライブ感。それで一気に読ませきるだけの力がある小説なのです。
エンターテインメントってこういうことだよなーって改めて思わせてくれる、本当に面白い作品でした。