エンタメ企業ソニカのオンラインゲーム顧客データから個人情報が盗まれ、ネットで公開されてしまう。
犯人はツイッターで犯行声明を出し、忽然と姿を消した。調査を依頼された82歳のセキュリティ・コンサルタント、吹鳴寺籐子が、「社内の」ネットワークを走査すると…「アンチウイルスソフトを買わせ金を奪う詐欺」「顧客データが暗号化される悲劇」等々、いま会社員が直面する危機と解決法を描き出したIT連作ミステリ。
オビには「パスワードを手帳にメモしてしまう人は意外に多い」というコメントが書かれている。
手帳にメモするどころか、デスクのパーテーションにメモを留めていたり、何ならPCそのものに付箋を貼り付けている人も決して少なくなさそうだ。
一般的な企業はもちろんのこと、IT関連企業でもセキュリティに対する意識が完璧であるとは言い難い。
書店員になるまで、十年以上もシステムエンジニアをやっていた僕が言うのだから、間違いない。
このコメントを見て「あ痛てっ」と思う人はそれこそ「意外に多い」のではないかと思う。
思わず本を手に取ってしまいそうだという意味では結構秀逸なオビなのかも。
内容もオビに偽りなく、興味を持って手に取った人の期待は裏切らないだろう。
連作短編集で、いずれも「データ流出等のネットワークトラブルが起きる」⇒「IT関連事件解決のスペシャリストである主人公が依頼を受けて出馬」⇒「解決」というパターン。
ワンパターンではあるが、それなりにバラエティに富んだ事件が起きていて、愉しく読める。
とは言え、パソコンやネットワーク、システムに詳しい人間でなければその違いはわかりづらく、「毎回同じパターンでつまらないな」と思うかもしれない。
IT用語などについてはわりと丁寧に説明されているので、知識が無い人間でも理解ができないということはないのだけれど(ルーターの説明は要らんけどIPAは説明した方がいいだろ、とか細かいツッコミはあるとしても)、特殊な専門分野を舞台にした小説にありがちな「知っている人間だけが面白い」パターンに陥っているような気もした。
ネットワークセキュリティのスペシャリストが傘寿を迎えたお婆さんという設定は面白いと思う。
そのお婆さんの家になぜか同居している「和田」という女性の存在に読者は「なんだこの女? どうしてここに住んでいるのか? そもそも物語においてどういう意味を持つのか?」という疑問を抱くかもしれない。
その疑問は最終話で氷解する。その仕掛けにはちょっとニヤリとさせられた。