野球選手になるべく運命づけられたある天才の物語。
山田王求はプロ野球仙醍キングスの熱烈ファンの両親のもとで、生まれたときから野球選手になるべく育てられ、とてつもない才能と力が備わったすごい選手になった。
王求の生まれる瞬間から、幼児期、少年期、青年期のそれぞれのストーリーが、王求の周囲の者によって語られる。
わくわくしつつ、ちょっぴり痛い、とっておきの物語。
初期の伊坂幸太郎さんが好きだというファンには、もしかしたらちょっと残念なことになるかもしれない。
僕も初読のときはそう思った。
奇抜なキャラクター、
洒脱な会話、
巧みな伏線と計算し尽くされた構成の妙。
それらが伊坂作品に共通する特長だと僕は思っているが、本作にはそれらがほとんどない。
(まるでないわけではないが)
伊坂作品は基本的にファンタジーのような現代小説だけれども、
この作品は現代小説の体をとったファンタジーだと僕は思う。
そこが既刊作品と本作の最大の相違点とも言える。
だけど、面白くないわけではない。
伊坂さんが「伝記的作り話をやりたい」と思って書いたという意図を知った後ではなおさら。
ストーリーにはまったくもって起伏も何もない。
少年の父親が殺人と死体遺棄で捕まったりして、
そのせいで少年は真っ当にプロ入りできなくなったりして、
まあそんな感じの起伏は多少あるのだけれど、基本的には淡々と描かれた物語である。
そりゃそうだ。
だって、伝記なんだもの。
そうそうドラマティックなことなんて起こったりしないのが人生というものだ。
一応、少年は王になるために生まれてきた男だから、
フツーの人たちよりは少しはドラマティックな人生をおくることになるのだけれど、
いかにも小説らしいドラマはそこには存在しない。
本書には、「雑誌連載版」「単行本版」「文庫版」の3種類の「あるキング」が収録されている。
細部ではけっこう異なるものの、基本ストーリーは完全に同じ。
でも、一気に三作とも読めてしまった。
たいしたドラマも存在しない、まったく同じストーリーの作品を三回続けて読む。
普通だったら読書というよりも罰ゲームだよな。苦行だよ。
でも、これが読めてしまうのが伊坂幸太郎さんのすごさなんだろうな。