一九七七年、ミステリ作家でもある名探偵エラリー・クイーンが出版社の招きで来日し、公式日程をこなすかたわら東京に発生していた幼児連続殺害事件に興味を持つ。
同じ頃、大学のミステリ研究会に所属する小町奈々子は、アルバイト先の書店で、五十円玉二十枚を「千円札に両替してくれ」と頼む男に遭遇していた。
奈々子はファンの集い「エラリー・クイーン氏を囲む会」に出席し、「シャム双子の謎」論を披露するなど大活躍。
クイーン氏の知遇を得て、都内観光のガイドをすることに。
出かけた動物園で幼児誘拐の現場に行き合わせたことから、名探偵エラリーの慧眼が先の事件との関連を見出して…。
※物語の核心部分に言及しています。未読の方は回れ右でお願いいたします。
エラリー・クイーン生誕百年記念出版。
エラリイ・クイーンの未発表作品が発見され、
その日本語訳を北村薫さんが引き受けたという設定で書かれたパスティーシュ小説。
しかも、その小説が「日本」の名を冠した国名シリーズだという。
完全に趣味の世界ですね。
どちらかと言えば、北村薫さんのファンが手に取るよりも、
クイーンのファンが読んだほうが喜びは大きいのではないでしょうか。
文体模倣という意味では、さすが北村薫さんというところです。
まるでクイーンの作品を読んでいるような気分にさせられました。
節ごとに挿入されている解説は若干煩わしい感じは否めませんが、
まあ、雰囲気作りのひとつと考えれば許容範囲でしょうか。
ところで、若竹七海嬢の実体験による、あの「五十円玉二十枚の謎」にかつて有名無名作家たちによって結末がつけられたことがありました。
有栖川有栖さん、法月綸太郎さんなどの手による作品の中で、
まだ当時、覆面作家だった北村薫の名が登場していますが、
北村氏ご本人の作品がないのは残念だなあ、と思ったことがあります。
この作品はクイーンのパロディにして、
さらに「五十円玉二十枚の謎」にも同時に挑んでしまうという内容。
特別、クイーンのファンというわけではない僕ですが、この趣向には脱帽です。
贅沢すぎますね。
途中、作中人物の口を借りて、北村薫氏の「クイーン論」が展開されます。
有栖川有栖さんや、法月綸太郎さんあたりならまさに至福の時間を過ごせるのでしょうが、
僕程度の知識では正直言って、何が書かれていることやら、まったくわからず、残念でした。
北村作品には高度な知識を要求されることが多いですね。
大部分の読者がついてこられないとしても、自分の書きたいことを書いちゃえ、というのは職業作家として失格じゃないのかなあと思わなくもないです。
ただ、その北村氏の趣味の世界を僕も一緒になって楽しめればいいのになあ、と少し悔しくも思いますが。
余談ですが、クイーンが来日した際、大阪の書店で高校生のファンと出会うエピソードがあります。
ドイルの「技師の親指」という作品が好きだと言い、
さらにその理由として「理論を重んじているから」と言うこの少年は、
若き日の有栖川有栖さんだそうです。
ちょっとニヤリとさせられる趣向ですね。