「フィッシュストーリー」 伊坂幸太郎 新潮社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

あの作品に登場した脇役達の日常は?

人気の高い「あの人」が、今度は主役に!

デビュー短編から書き下ろしまで、小気味よい会話と伏線の妙が冴える伊坂ワールドの饗宴。


フィッシュストーリー (新潮文庫)


異なる作品間が互いに少しずつリンクしているというのは、


伊坂幸太郎の持ち味であり、本作も例外ではない。


少し例を挙げると、本作では「オーデュボンの祈り」の伊藤や「ラッシュライフ」の黒澤なんかが登場する。



「動物園のエンジン」は(たぶん)動物好きの伊坂幸太郎らしい、微笑ましくなるような作品。


存在するだけで動物たちに活気を与える男、永沢。


その永沢がマンション建設反対のデモにプラカードを持って参加している。


さて、その理由は?


市長の殺人事件まで絡めたり、妙にハートフルな想像をしてみたり、


主人公たちはいろいろとがちゃがちゃと想像してみたけれど、


結局は永沢が持っていたプラカードに書かれていたのは、


「動物園に行こう。休日をライオンと」


拍子抜けするけれど、妙な可笑しさがある。


この短編にはもうひとつ、叙述トリック的な仕掛けがあってそれもいい味を出している。




「サクリファイス」はわりとミステリらしいミステリ。


もちろん、伊坂幸太郎にしては珍しく、という程度だけど。


そういう意味では伊坂幸太郎の作品にミステリ色をあまり求めていない僕としては逆に残念だった。


ミステリとして見たときにはそれほどいい出来とは思えない。




「フィッシュストーリー」を読んで、


僕は「バタフライ効果」という言葉と、


藤子・F・不二雄先生の「タイムパトロールぼん」を思い出した。



「タイムパトロールぼん」では、


秘密であるべきタイムパトロールの存在を知ってしまった主人公・ぼんは抹殺されそうになるのだが、


実はぼんが世界の歴史において重要なファクターであることがわかり、


やむなくぼんはタイムパトロールの一員に登用されるのだ。


のちのエピソードで明らかになるのだが、


ぼんが歴史に影響するのは、道で石ころを蹴っ飛ばすというたったひとつの行為だけだった。


それが一人のオジサンにぶつかり、怒ったオジサンはぼんを追いかけ、


その途中で古井戸に落ちていた少年に気づいて助ける。


その少年は将来、優秀な科学者になり、世界を救うような発明をする。


「フィッシュストーリー」はまさにこういう物語。


名もないバンドが作った名もない曲が、巡り巡って最終的に世界を救うことになる。


伊坂幸太郎の年齢ならこの漫画を読んでいてもおかしくはない。




「ポテチ」は書き下ろし。この短編集の中で僕の一番のお気に入り。


伊坂作品に登場する人物たちは、いずれもフィクションの世界の人々だ。


「そんなヤツ、いるかよ」と言いたくなるような人たちばかり。リアリティの欠片もない。


だけどそのぶん「こんなヤツら、いたらいいなあ」と思わせてくれる。


本作の主人公であり、泥棒を職業とする今村は親も知らない自分の出生の秘密を知っている。


「お前と同じ歳でむこうはホームランを打ってたくさんの人を喜ばしているのに」なんて母親に言われちゃうような相手と自分が産婦人科で取り違えられたのだということに気がついてしまっていた。


だから母親に申し訳なく思っている。


本当ならもっと優秀な子供の母親だったはずなのにごめんな、なんて考えているのだ。


だからその相手の家に空き巣に入って何も盗まずに漫画を読んで帰って来たり、


その相手が騙されそうになっていると知れば、こっそり復讐に行ったりする。


贖罪のつもりなのだろうか。なんだかよくわからない。

(今村と彼の恋人の「タッチ」についてのやり取りが楽しい!)


ただ、ひとつ嬉しく思うのは、


今村の恋人が間違えて渡されたポテチを、


「コンソメがいいと思ったけど塩も食べてみたら美味しいからいいや」と言ったこと。


今村はわんわん泣いちゃって、一緒にいた人たちは唖然としていたけど、

(読者である僕もわけがわからんと思ったけど)


この言葉はそりゃ嬉しいよね。