「ジュリエットの悲鳴」 有栖川有栖 角川書店 ★★★★ | 水底の本棚

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日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

短編、ショートショートなど12作品を集めた作品集。
人気絶頂のロックシンガーの一曲に、女性の悲鳴が混じっているという不気味な噂が…。その悲鳴には切ない恋の物語が隠されていた。表題作の他、日常の周辺に潜む暗闇、人間の危うさを描く短編を所収。


ジュリエットの悲鳴 (角川文庫)



「落とし穴」は、倒叙ミステリながら探偵役が出てこない作品。


倒叙モノでは必ずと言って覚える感情「探偵役への腹立たしさ」と「犯人への同情」を感じませんでした。


被害者は殺されても仕方ないかな、とは思いましたが。


アリバイトリックや、それを台無しにしたテレビ撮影の件はともかく、


事件の発端となったキセル定期の話は面白いですね。


自動改札全盛の今ではもう無理ですけど。



「裏切る眼」は、ストーリーそのものよりも、


「色盲とは赤も緑もそれぞれ区別できる。識別が難しいのは検査表みたいに色が入り交じっている時」とか「片目だけ色盲ということも現実にある」とか、豆知識的なところを面白く読みました。


ツツジが一面に咲いているぞ、と言われた途端に、新緑の緑だと思っていた景色が瞬時に真っ赤に一変した、というエピソードもとても面白いですね。



「危険な席」はゾッとしますよね、男なら。


自分はまだ、危険な席に座っているのだろうか?


ああ、怖い、怖い。


僕なら耐えきれずに離婚してしまうだろうなあ。


例えそれがどんなに魅力的な女性であっても(本当か?)



「パテオ」は、そのまま高座にかけられるような落語的な話を狙った、と著者があとがきで書いていますが、まさにその通りです。


これはウマイ。

ヒットを飛ばした作家が全員共通のパテオ(中庭)の夢を見、


そこでヒット作の元になった啓示を受けていたことが発覚する一幕は恐怖感すら伴う。


この辺りは落語で言えば「死神」などから受ける恐怖感と同質のもの。

売れない作家の主人公も同じ夢を見る。


しかし夢の中の登場人物達はドラマの途中でパテオを出て行ってしまう。


残した言葉が「ごめんよ。作家だらけなんで部屋を間違えた。人違いなんだ。さようなら」


この皮肉たっぷりのオチはもう、落語そのものとしか言いようがないですね。



「登龍門が多すぎる」はちょっとした息抜きのような感じ。


ミステリ作家だったら誰でも欲しがるような機器なのでしょうね。


実感を伴っている分、笑えない感じが。



「遠い出張」「多々良探偵の失策」「世紀のアリバイ」「幸運の女神」の四作品はショートショートです。


その内、「世紀のアリバイ」はショートショート・ミステリとしては珠玉の一品と言ってよいのではないでしょうか。


ウィルバー・ライトとオービル・ライトの兄弟が人類初の動力飛行を成功させたのは、それからさらに半年後の1903年12月17日のことだった。彼らがいつから世紀の大発明を完成させていたのか、本人たちより他に知るよしはない。



「タイタンの殺人」は犯人当ての純粋なパズラー。


凡庸ではありますが、まあ、軽くサラッと読める一作です。


子供相手の犯人当てクイズにでも出てきそう。



「夜汽車は走る」は、ミステリとしての出来云々はともかく、

(オチは丸わかりだったし)


その情景は何だか不思議で、作品全体も奇妙な印象です。


エピソードを付け加え、ミステリとしてのエッセンスをもう少し盛り込み、長編として完成しても良かったような気がします。



「ジュリエットの悲鳴」は、表題作にふさわしい秀作。


ロックスターが女性インタビュアーに語る思い出話によって、


CDから女性の悲鳴が聞こえるという不可思議な状況を、


ミステリ的な合理性によってではなく、どちらかといえばホラー的、SF的な解釈で説明づける。


狭義のミステリの枠からははみ出るかもしれないけど、その悲劇的でノスタルジックな作品の雰囲気はミステリとして扱うに足るものだと僕は思います。


完全なるEQの信奉者で、本格パズラーの旗手として扱われている著者ですが、


こういう話を時々(実は頻繁に?)書くことができるのが、有栖川有栖さんの魅力だと思います。