「八月の六日間」 北村薫 角川書店 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

40歳目前、文芸雑誌の副編集長をしている“わたし”。

元来負けず嫌いで、若い頃は曲がったことには否、とかみついた性格だ。

だがもちろん肩書きがついてからはそうもいかず、上司と部下の調整役で心を擦り減らすことも多い。

一緒に住んでいた男とは、……3年前に別れた。

忙しいとは《心》が《亡びる》と書くのだ。

そんな人生の不調が重なったときに、山歩きの魅力に出逢った。

山は、わたしの心を開いてくれる。

四季折々の山の美しさ、恐ろしさ、様々な人との一期一会。

いくつもの偶然の巡り会いを経て、わたしの心は次第にほどけていく。

だが少しずつ、しかし確実に自分を取り巻く環境が変化していくなかで、わたしはある思いもよらない報せを耳にして……。

忙しさに心が擦り減る毎日でも、そこではわたしを取り戻せる。
素直になれない不器用編集女子が、山から貰った〈非日常〉と〈不思議な縁〉とは。


八月の六日間



北村薫さんが、上品だけど軽快な筆致で、北村薫さんらしい「山ガール」を描いていく。

僕は北村薫さんの本格ミステリが大好きだし、


できればミステリを書いてほしいなと思うのだけれど、


北村薫さんにしか描けない物語なんだよなとつくづく感じる。


他の誰が書いても、こういう物語にはならない。



主人公はアラフォーの女副編集長。

(物語の途中で「副」が取れるけれども)


趣味は登山。それも単独行を好む。


山という非日常と、仕事という日常を北村薫さんは見事な筆致で書き分ける。


いや。書き分けているわけではないな。


ふたつの世界を両立させているんだ。



日常と非日常の境い目は曖昧だ。


仕事と趣味。オンとオフ。


日常と非日常はつながっている。


どんな出来事であっても、必ず地続きになっている。



本をつくることも。山に登ることも。


だから、山で出会ったちょっと変わり者の女性登山家(ニックネームは麝香鹿さん)が実は書店員で、仕事の場でも一緒になったりする。



さて。


彼女はなぜ山に登るのか。


そこに山があるから、ではない。


親友の死や、長年一緒に住んでいた恋人との別れ、そういうものをふっきるためでもない。


彼女はこう言う。



山を続けているわけは、ひと言ではいえない。しかし、結局のところ、向かって行きたい――という気持ちがあるからだ。逃避ではない。



逃避ではないって。



逆に。そんな後ろ向きな気持ちが許されるほど、山って甘くないんだなと実感した。


仕事をしていれば当然辛いことはたくさんある。


生きてりゃ、楽なことばかりではない。


そこから逃げるのではなく、立ち向かうために。山に行くんだなと思った。



そんな経験をした彼女だからこそ、ラストで恋人と再会したときも、あんな風に笑えるようになったんだな。