冤罪で人生の全てを失った男は、復讐の荒野へ踏み出した。貫井ミステリーの新たなる頂点。
身に覚えのない殺人の罪で、職場も家族も日常も失った男は、復讐を決意した。
刑事、検事、弁護士……七年前、無自覚に冤罪を作り出した者たちが次々に殺されていく。
だが男の行方は杳として知れず、宙に消えたかのように犯行現場から逃れる。
彼が求めたものは何か。次の標的は誰か。あまりに悲しく予想外の結末とは。
「物語は、雅史が悪徳刑事の伊佐山に復讐を誓うプロローグからはじまるんだ」
「うん。その後に、伊佐山の現在が描かれるんだよね。
強引で独りよがりの捜査。自白偏重の時代遅れの刑事であることが描かれている」
「そして、伊佐山が殺される、と」
「そうそう。それから、七年前の事件について徐々に語られていく」
「この後、検事、弁護士、裁判官、証人……と、雅史を陥れた連中がこの同じパターンで」
「殺されていくわけだね」
「その構成が巧いな。
自分を冤罪に陥れた人間たちへの復讐なんて、どこにでもあるようなストーリー。
それを面白く読ませるのは、構成の妙としか言いようがないな」
「この構成だと、読者はどうしたって雅史に感情移入するよね……。
刑事や検事、弁護士などを悪役にすることに成功している」
「確かに。悪徳刑事の伊佐山や、いい加減な仕事しかしていない弁護士はともかくとして、
検事や裁判官は生真面目過ぎで融通がきかないくらいで……実際、罪があったとは思えないのに」
「それでも彼らを悪役に仕立てあげないとこの物語は成立しないからね」
「復讐を肯定するつもりはないけれど、雅史の無念はよくわかるからな。
ついつい、雅史を応援してしまう」
「でもさ、こういう連続殺人事件って、どこかで警察はミッシングリンクに気がつくし、
一度気がつかれたら、ターゲットには護衛がつくからさ。犯行は厳しくなるよね」
「にもかかわらず、雅史は捕まらない。
警察もターゲットをマークしているし、雅史の存在を追っているのにまったく見つからない」
「どうして、ただの一般市民に過ぎない雅史が一流の殺し屋のように振る舞えるのか。
その疑問はずっとついて回るんだよねえ」
「そうなんだよな、それが謎なんだよな。そして、その謎がラストで明らかになる」
「あれ? ねたばらしする?」
「する。未読の方はここで読むのをやめてほしい」
「よろしく」
「結局、雅史はすでに死んでいたんだよな」
「弁護士を刺殺した後、彼のボディガードをしていたヤクザに殺されていた」
「息も絶え絶えの雅史が最後に逃げ込んだのは、唯一自分を信じてくれた母のもと」
「そして……そこからは母親が雅史の遺志を引き継ぐんだよね」
「警察は雅史のことをマークしているから、母親が犯行を行っていても盲点に入っていて見つからない」
「それがトリックになっていたんだね」
「ただ。哀しいよな。誰にも信じてもらえないってことは。
無実を叫び続けても、その声は誰にも届かない。絶望ってこういうことだよな」
「復讐を遂げたところで、狂わされた雅史の人生はもう戻らない。
自殺してしまった父親も、別れざるをえなかった婚約者も、幸せを壊された姉も、殺人者になった母も」
「誰かひとりでも冤罪を疑ってくれれば……でも誰も雅史の味方はいなかったんだ」
「冤罪ってこうやってつくられるんだよなっていうのがあまりにもリアルに伝わってきた。
やるせないの一言だよね。さすがは貫井徳郎さんだと思う」
「うん……切ない、以外の言葉はないよ」