「東京ヴィレッジ」 明野照葉 光文社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

松倉明里は玩具メーカー勤務の三十三歳。社内では大リストラの噂が飛び交い、交際七年になる恋人との将来も不透明だ。

そんなとき、青梅市にある実家でも厄介なできごとが。

正体不明の夫婦が入り込み、何ヵ月も我が物顔で暮らしているという。

両親や姉夫婦は何をしているのか。うちが乗っ取られる?

実家に戻った明里が目にしたのは、思いも掛けない光景だった!


東京ヴィレッジ (光文社文庫)



家族の中に他人が入り込み、


暴力やマインドコントロールで、その家庭を支配し蹂躙するというケースは、


誉田哲也の「ケモノの城」や櫛木理宇の「寄居虫女」を例に出すまでもなく、


現実の「北九州監禁殺人事件」や「尼崎連続変死事件」などが思い浮かぶであろう。



この作品では、寄生されるのは青梅市に居を構える松倉家。


家作と田畑を持ち、ちょっとした日用雑貨を扱う店を構える、いわゆる田舎の旧家だ。


次女の明里だけが都心で働いており、両親や姉夫婦、姪がそこに住んでいる。



明里を除いた家族は皆、青梅から出ることもなく、


閉鎖された空間とのんびりした時間の中で、彼らの暮らしを営んでいた。


明里に言わせれば、「善人だけど愚鈍」「決断力に欠ける事なかれ主義」「ぐうたらのくせにプライドだけは一人前」ということになる。


ひどい言われようだが、だからこそ、寄生のターゲットにされるのだ。



そんな松倉家を支配しようとしている寄生虫のは、深堀という年配の夫婦者。


いつも笑顔で人懐っこく、他人に取り入るのが抜群に巧い。


知識も豊富で手先も器用、なんだかわからないが無駄に人脈があるようで、いわゆる口八丁手八丁というやつ。




さて。


このあたりから結末に触れるので未読の方はご注意を。





物語の焦点は、我が物顔で家の商売や家事を取り仕切り、あげくには家の改装まコントロールしようとする深堀という夫婦者を、明里がいかにして追い出すか……というところにあるかと思いきや、


実はそうではない。



もちろん、明里だって最初は彼らを追い出そうと何度も実家に帰省したし、


シンクタンクに勤める彼氏に深堀の過去を調べてもらったりもした。



だが、帰省するたびに明里の中で迷いは大きくなっていく。


深堀がまるで松倉家の主人のように振る舞う態度は許しがたいものではあるが、


松倉家の商売がうまく回り出したのは事実のようだし、


今まで家事もおざなりで、古ぼけた印象しかなかった実家が、見違えるように明るくなっていく様子を見るにつけ、明里は深堀夫妻が来る前よりも居心地が良くなっていることに気がついていく。


要するに、深堀夫妻の舵とりがうまくいっているということなのだ。


ならば……他人に自分の家の舵とりをされることは気に食わないけれど、


実際それで巧くいくならいいんじゃないか……なんて気にもなってくる。



そこに、リストラの憂き目にあった友人や、会社が変革していくことに耐えられなくなった彼氏も乗っかり、


明里の実家を拠点に新しいビジネスを始めよう、なんて話になってくる。



「ウチは都会の落伍者のセーフティネットじゃない」なんて憤っていたものの、


明里自身も会社でリストラに合い、実家に身を寄せるしかなくなってくる。



明里が彼氏らの協力を得て、寄生虫退治をし、家族をマインドコントロールから解放するというストーリーを予想していた大方の読者はここで期待を裏切られる。


明里も所詮は、同じ穴のむじなというのがオチなのだ。



これを「なんなんだこの展開は。期待を裏切られた!」と怒るか、


それとも「すっきりしない終わり方だなあ」と感じるか、


そうでなければ「現実って意外にこんなものかもね」と思うか。



それは読み手次第だろうね。



僕?


僕は「なんだこりゃ」でした。


まあ、意外性があるっちゃあ、あるんだけどね。逆にね。