作家、評論家をはじめミステリーマニアの集まる下宿屋・時鐘館。
編集者の催促を前に「原稿は一枚も書けていない。勝手ながら『消失』する」との手紙を残し、締め切り直前の老推理作家が姿を消した。
翌朝、発見された雪だるまに彼の死体が。
マニアたちが展開する華麗でシビアな推理の行方は?(『時鐘館の殺人』)
傑作ミステリー短篇集。
※おおいにねたばらしをしていますので、未読の方はご注意を。
「生ける屍の殺人」
男性と女性の死体が一つずつ。
男性はナイフで刺殺されていたが、そのナイフからは女性の指紋が検出された。
また、女性の衣服には男性の返り血がべっとりと。
しかもダイイングメッセージは「イケルシカバネ」。
ならば女性が男性を殺してから自殺したのかと思えば、さにあらず。
男性の筆跡で、その女性を殺してしまったという遺書めいた手紙が残っていたのだ。
互いが互いの加害者で被害者?
そんなあり得ないシチュエーションに挑戦した意欲的な本格ミステリ短編。
ちょっとオカルトめいたオチがつくので、純粋な意味での本格ミステリとは言えませんが、
謎そのものはかなり魅力的ですよねえ。
「黒白の反転」
恋人であった映画監督・氷見の死をきっかけに引退した女優・峰夏子と、その妹・久代が住む屋敷を訪れた邦画研究会の男女五人。
そのうちの一人の女性が翌朝、死体となって発見される。
にわか探偵役となった学生にアリバイを看破された被害者の恋人は動揺して屋敷を飛び出し、車に跳ね飛ばされる。
しかし真の犯人は…そのにわか探偵役の学生。
夏子の証言によって支えられていた彼のアリバイは「夏子は実は盲目」という事実によって不確かなものとなる。
ひと目でわかるオセロの勝ち負けを「どっちが勝ったの?」ときいた不自然な言葉により、彼女が盲目であることが判明する。
しかし、この話のポイントはトリックの出来不出来ではない。
夏子が隠しとおしていたもう一つの事実。
氷見は生涯の伴侶に久代の方を選ぼうとしていた。わたしは彼にとって新鮮な素材でしかなかったのだ。わたしたちの間にはロマンスなどははなから存在してはいなかった。
(中略)
生涯で一人だけ愛してくれた男がいたことを死ぬまで知らない女は、疲れきった、引きずるような足音をたてて部屋を出て行った。
「隣の殺人」
偶然聞いてしまった隣の夫婦喧嘩の声。
でもその後、何かが倒れるような音がして……それから妻の方の姿をすっかり見なくなった。
もしかして……?
犯人と探偵役(この場合は野次馬?)の構図が最後に完全に逆転するというパターンは、
すでに使い古されているものですが、そもそも本書の初刊行が93年。
当時、出会っていればかなり面白く読んだかも。
ちょうどこの時代って、こういう星新一さんのようなシニカルなどんでん返しが流行っていたような記憶があるのだけれど……気のせいかな?
「あの子はだあれ?」
自分のせいで事故死を遂げたあの少女は、毎年、自分の命日になると決まって庭の棗の木の下に現れる。それも一歳づつ年をとった姿で……!
ミステリというよりは、SFですが……。
なぜ幽霊(?)が毎年歳をとっていくのか。
その答えをパラレルワールドを使って合理的(っていうのかこの場合)に解き明かしているので、
やっぱりミステリと呼んでもいいのでしょうかね。
そして、意外にこの短編集の一番のお気に入りはこれだったりするのです。
「恋人よ」
留守番電話に録音されていた間違い電話。
それは、遠距離恋愛の彼氏に対する想いのたけがつまったメッセージ。
でも、どうやらその彼氏はもう彼女のことを気にもかけていないようで、まったく音信不通になっている様子。
どうすることもできずにやきもきしていると、段々と彼女の残すメッセージが狂気を帯びてきて……。
ホラーサスペンスがお好きな方はラスト数行を読まずに、本を閉じてしまおう。
逆に、明るくオチをつけて読み終えたい人は、ぜひ最後まで読んでほしい。
僕は……まあ、後者かなあ。
「時鐘館の殺人」
いわゆる……メタミステリと言ってよいのでしょうか。
作中作という構成を巧みに活かした作品です。
途中まで、「時鐘、何にもカンケーねーじゃんかー!」と思っていましたが、まさかこうくるとは。
これはかなり注意深く読んでいないと、気がつきませんね。
僕のように、どんな本でもナナメに読んでいる読者ではとうていムリ。