「機巧のイブ」 乾緑郎 新潮社 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

あの婀娜(あだ)な身体(からだ)が、秘術を尽した機巧(からくり)だとでも?

ドンデン連発の本格ミステリー!
十三層の巨大楼閣に君臨するという噂の遊女・伊武(イヴ)。

千年の秘術を求めて彼女を追う幕府配下の機巧師・釘宮久蔵。遷宮と幕府転覆計画の帰趨を見定めつつ、目も綾な衣裳の下、匂い立つ肌の奥で回転を続ける、精緻な歯車の心臓部へと探索は進んでゆく。

連載当初から話題をさらった、エロスの薫る長篇時代ミステリー小説!


機巧のイヴ



第一話の「機巧のイブ」を、「ザ・ベストミステリーズ2013」というアンソロジーで読んだ。


乾緑郎さんは「完全なる首長竜の日」だけしか読んだことがなく、


それが僕の毛嫌いしている宝島社文庫だったせいもあり、


先入観で「このヒトはたいしたことはない」と決めつけていた。



ところが「機巧のイブ」を読んでその評価は一変した。


1,500円(税抜)もするソフトカバーをわざわざ買ってしまったくらいだから、


その評価のうなぎ登りっぷりはご理解頂けるだろう。



どんでん返しそのものは、決して目新しいものではない。


想いがすれ違う様子に切なさを覚えたり、心の在り処ってどこだろうって考えさせられたりするけれど、


そのシニカルなSF的オチは、星新一さんのショートショートや藤子・F・不二雄先生のSF短編を探したら、似たような作品がありそうだ。


だが、本作の肝はそこにあるわけではない。


そのオチにもっていくまでの、江戸時代に似て非なる舞台を扱った世界観の構築、とりわけイブをはじめとするキャラクターを違和感なく見事に描ききったあたりに作者の手腕が光っている。


この第一話を読むだけでもソフトカバー一冊分のお値段のモトはとれる。



逆に言えば……。


この第一話を素材にして、無理に長編仕立てにした本書は決して出来がいいとは言えない。


せいぜい、無難という程度の評価しか与えられそうもない。


正直言えば、第一話だけ読めば十分だ。




一応、各話の短評を。


※ねたばらしも少しありますので、この先はぜひお読みになってから。





「箱の中のヘラクレス」


普段は風呂屋で三助として働く天徳は、気は優しくて力持ちを地でいくような力士。

そんな天徳に八百長相撲が持ちかけられるのだが……。


天徳が一体何をしたっつーんだと言いたくなるような理不尽な展開。


箱になった天徳ははたして人と呼んでもいいのか。


逆に言えば、動き、喋り、感情すら持つイブは機械と呼んでもいいのかというハナシにもなる。


人間とカラクリの境い目はどこにあるのか。



「神代のテセウス」


「神代の神器」と呼ばれるものを巡って水面下で火花を散らす者たち。


何か、急に時代劇っぽい展開にちょっとびっくり。


長編として読んだ時にこの章は確かに必要な伏線なんだけど、単体で読めばあまり面白い話ではないなあ。



「制外のジェペット」


「神代のテセウス」がドラマの時代劇みたいだなと思っていたら、今度は忍者ものになってしまいました。


アクションシーンとか……要るのかこの作品で。



「終天のプシュケー」


ハッピーエンドと言い切れるかどうか微妙なところだけれど、


少なくともバッドエンドではないだろう。


真っ赤になって怒るイブが可愛い。少しばかり心がほっこりするラスト。


嫉妬とかいいから早く天徳、元に戻してやれよ。