大好きだった妻の澪が亡くなって一年、身体にさまざまな不具合を抱えた巧みは小さな司法書士事務所に勤めながら、六歳になる息子の佑司とひっそりと暮らしていた。
再び巡ってきた雨の季節の終末、いつもどおりの散歩に出かけた町はずれの森で、父子に奇跡が訪れる。
この物語は素敵な恋愛小説。
そして、同時に素敵な家族の小説。
この物語がとても温かく、優しいのは、たくさんの温かな言葉で溢れているから。
ありがとう。
おはよう。
おやすみなさい。
美味しいよ。
元気だよ。
またね。
なんでもない、あたりまえの、ありふれた言葉の数々。
でも、大好きな人と交わすだけで日常はとてもきらきらと輝きだす。
その言葉をあたりまえのように交わすことができることを――巧も澪も佑司もとても慈しみ、いとおしく思っている。
だから、この物語は読む人の胸に温かなあかりを灯すのだ。
僕は巧が好きだ。
彼の身体はたくさんの不具合を抱えていて、
健康な人と比べたら弱く、頼りない存在のように見えるかもしれないけれど、
この物語を読んだ人なら誰でも、巧よりも強い人はそうはいないってわかると思う。
優しいってことと、強いってことは全然違うようで、とてもよく似ているんだと思った。
僕は澪が好きだ。
自分のつらい未来を知りながら、
それでも後悔しない生き方を選ぶことができる彼女はとても素敵だと思う。
生涯でただ一度の恋をするように神様につくられた女の子は、
その恋をまっとうし、そして最高の贈り物を神様からもらった。
澪にアーカイブ星に戻ってなんかほしくなかったけれど…でも、彼女の選んだ道はとても素敵だと僕は思った。
僕は佑司が好きだ。
すこしとぼけたイングランドの王子様。
澪でなくとも、抱きしめたくなるような愛らしいぼうや。澪と巧の宝物。
彼がこの世に生きていることが、澪がいたという証だから、
いつまでも佑司は佑司らしく、いてほしいと思う。
澪と巧は出逢い、恋に落ち、そして分かれ、再び出逢ってまた恋に落ちた。
きっと、何度繰り返されても、彼らは彼らを見つけ、そして恋に落ちるのだろう。
何度やり直しの機会が与えられたとしても、彼らはまったく同じ道を迷うことなく選ぶのだろう。
「ぼくもだよ。きっとぼくらはこうやって、何度でも恋に落ちるんだ。出会えばきっとまた惹かれてしまう」
「いつかまた、何処かで?」
「そう、いつかまた、何処かで。そのときもまたきみの隣にいさせてよ。すごくいごこちがいいんだ」
こんな想像をしたことがある。
たとえば、僕がある日、いっさいがっさいの記憶を失ったとする。
そしたら、僕の部屋にある本棚は僕にとって宝の山だ。
だって、そこにあるのは間違いなく、全部、僕が面白いはずの本ばかりなんだもの。
僕が僕でなくならない限り、僕が自分の本棚の本たちをつまらないと思うことはない。
澪と巧だって、彼らが彼らである限り、必ず互いを好きになる。
そして、僕はそんな彼らがちょっとだけ羨ましいと思うよ。
恋愛ははじめましてのころが結構、楽しい。
自分をもっと好きになってほしいと思うし、相手のことをもっともっと好きになりたいと思う。
そんなドキドキをまたイチからはじめられるなんて、ちょっと素敵なことじゃない?