「悪意」 東野圭吾 講談社 ★★★★☆ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

人気作家・日高邦彦が仕事場で殺された。

第一発見者は、妻の理恵と被害者の幼なじみである野々口修。

犯行現場に赴いた刑事・加賀恭一郎の推理、逮捕された犯人が決して語らない動機とは。

人はなぜ、人を殺すのか。

超一流のフー&ホワイダニットによってミステリの本質を深く掘り下げた作品。


悪意 (講談社文庫)



※ねたばらしがあります。未読の方はご注意を。




本作は、野々口の手記と、おなじみ加賀刑事の独白によって構成されている。


ほどなく加賀刑事の推理にとって野々口が犯人として逮捕される。


野々口は犯行は認めながらも、決してその動機を語ろうとはしない。


本格推理では珍しいホワイダニットものだ。




ところで、実は被害者の日高は僕ら読者の前に一度たりともその姿を見せていない。


日高が登場するのはすべて野々口の手記の中でしかないのだ。


加賀が野々口に誘導されて見つけ出した犯行動機。


それは「野々口が日高の前妻と不倫し、さらに日高を殺害しようとしたところを見つかり、


それをネタに脅されてゴーストライターとして小説を書かされていた」というもの。


野々口の手記から想像する日高の性格は傲慢で、狡猾、残虐性も持っているというもの。


そこから判断すれば、この動機はいかにもありそうなことに思う。




しかし読み進むうちに、何度も違和感をおぼえる。


例えば、日高の妻の「彼は作品をとても苦しみながら生んでいた。ゴーストライターに書かせていたなんて信じられない」という発言。日高の人物像とはまったく合致しない。


さらに、加賀刑事が野々口と日高の少年時代を知る人々に聞き込みをする章で、


その奇妙な違和感はますます大きく膨れ上がる。


少年時代の日高は、明朗で快活、理不尽な虐めにも屈せず、


気弱な野々口を助ける心優しき男だったと異口同音に関係者は語る。


野々口と日高のことを逆に覚えているのではないか、と思うほどにその人物像は違う。




そこで、はたと思い出す。


僕の思っている日高像はすべて野々口の手記で語られているものでしかないことを。


手記の冒頭では日高が庭に入り込む猫を毒ダンゴで惨殺するシーンが描かれている。


冒頭でこれを持ってこられたら、読者も加賀も日高の残虐性をプリンティングされる。


その先入観を持って読み進めれば、野々口の仕掛けた誘導にうまうまと乗せられるのは明白だ。


加賀刑事に仕掛けると同時に読者に対しても仕掛けられたトリック。


見事としか言いようがない。