「致死量未満の殺人」 三沢陽一 早川書房 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

雪に閉ざされた山荘で、女子大生・弥生が毒殺された。

容疑者は一緒に宿泊していた同じ大学のゼミ仲間4人―龍太、花帆、真佐人、圭。

外の世界から切り離された密室状況で、同じ食事、同じ飲み物を分け合っていたはずなのに、犯人はどうやって弥生だけに毒を飲ませることができたのか。

警察が到着するまで、残された4人は推理合戦を始める…。


15年後、雪の降る夜。

花帆と夫の営む喫茶店を訪れたのは、卒業以来、音信不通の龍太だった。

あと数時間で時効を迎える弥生の事件は、未解決のまま花帆たちの人生に拭いきれない影を落としていた。

だが、龍太はおもむろに告げる。

「弥生を殺したのは俺だよ」

たび重なる推理とどんでん返しの果てに明かされる驚愕の真相とは?

第3回アガサ・クリスティー賞に輝く正統派本格ミステリ。


致死量未満の殺人



「まず最初に断わっておくけど、ねたばらしが入るから未読の方は注意してほしいな」


「だな。どうだい、読んだ印象は?」


「ひさしぶりに正統派の本格ミステリを読んだという感じがしたなあ」


「舞台は最近めっきり少なくなったクローズドサークルだしな」


「毒殺っていうところがまた本格らしいじゃない?」


「すごくまっすぐにクローズドサークルものに挑んだストレートな作品という印象は受けたな」


「いかにも本格ミステリらしい、巧緻なるトリックと言えるんじゃないかな」


「ただ、偶然に頼った部分が大きいという気はするんだよなあ……」


「そう? どのあたり?」


「そもそも、全員毒を摂取しているわけじゃないか。

 致死量の半分しか飲んでいないとは言え、身体に異常が出なかったのは単なる幸運だろ」


「うーん、それを言われると確かに」


「致死量なんてあくまで個人差があるわけでさ、致死量に満たないから大丈夫なんて誰もわからない。

他の人たちに影響が出るか出ないかはあくまでギャンブルじゃないか。

そういう意味では、この殺人計画は杜撰で、とても巧緻とは言えないよ」


「うーん……でも毒を分割させるというトリックそのものは面白いと思うんだけれどなあ。

 ほら、ミステリの世界でよく言われる……」


「困難は分割せよ、ってやつか?」


「そうそう」


「トリックそのものは面白いんだよ。二転三転する真相はちょっとしつこくて辟易するけれど、

その場にいた全員が被害者を殺害しようとしていて、それぞれの仕掛けが微妙に絡んだり、

すれ違ったりするあたりも興味深い。

でもさ、最終的には偶然の積み重ねで起きた結果だというところが腑に落ちないんだよな」


「龍太以外の他の三人の仕掛けは要らなかったかな?」


「実は黒幕がいて、全員が誘導されていたという真相にもっていきたかったんだろうけど……。

龍太のトリックをもっと徹底的に突き詰めて、シンプルなハウダニットにした方がよかった。

過去の告白みたいな形式もその場合、要らないしな」


「確かにさ、早間が最後は探偵役みたいになるけど、不自然ではあるよね。それは感じた」


「キャラクターがわかりづらいんだよな。龍太が自殺しようとしているのに、全く意に介してないし」


「でもさ、弥生はよく描けていたんじゃない?」


「美しい、美しいって、描写がやたらしつこかったけどな。

でも、四人が弥生を殺したくなる気持ちはよくわかった。そこらへんはよく描けていたけどな。

でも、全体的に、過剰な装飾が文章に目立って読みづらかったよ」


「ストーリーも文章も凝り過ぎってことかなあ」


「デビュー作だからこれからに期待したいけど。二作目は勝負だと思う」


「ずいぶん、上から目線だね(笑)」


「四人が食事のどこに毒が入れられていたか、その可能性を議論するところがあるだろ?

ああいう、論理の積み重ねは面白いんだよ。

ヘンに文学的な文章やストーリーに走らずに、まっすぐなミステリを追求していけば、

この作家は化けるような気がするんだ」


「単純に、そういうミステリが好きだって言うだけでしょ?(笑)」


「まあ、そうとも言うけど(笑)」