「パラドックス13」 東野圭吾 毎日新聞社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

基本的には好きな作家さんの本は単行本で買ってしまう。


文庫になるまで待ち切れないない、短気な江戸っ子。



とは言え、なんでもかんでもハードカバーやソフトカバーで買っていたら、あっという間に本棚が埋まる。

(まあ、実際、埋まっているし、溢れてもいる)


そんなわけで、単行本で買った本も文庫落ちすれば買い直すことにしている。



どこのお大臣様だよとか金持ってんなーとか同僚にはツッコまれるのだが、


本当に金持っているヤツはいくらハードカバーを買っても大丈夫な広い家に住んでいるだろう。



単行本は一般的に、約3年で文庫になる。


ただ、映像化されたからという理由でそれが短縮されたりすることもあるし、


逆に3年経っても文庫にならない場合もある。



東野圭吾さんの「パラドックス13」もそんな作品のひとつだ。


2009年4月に発行されたので、もうすこしで丸5年になるのだが……いまだ文庫化せず。



なんでだろうね?



個人的には、東野圭吾さん自身があまり気に入ってないのかなあとか思っているのだけれど。

(んで、そんなこと想像しているくらいだから、もちろん僕も気に入っていないわけだ)


もしくは、毎日新聞社が文庫のレーベル持っていないから?




というわけで。


感想なのですが、ねたばらし&ちょっと低評価です。ご注意を。





パラドックス13



運命の13秒。突如、想像を絶する過酷な世界が出現した。
陥没する道路。炎を上げる車両。崩れ落ちるビルディング。破壊されていく東京に残されたのはわずか13人。
なぜ彼らだけがここにいるのか。彼らを襲った“P-13”現象とは何か。
生き延びていくために、今、この世界の数学的矛盾(パラドックス)を読み解かなければならない!


書店の販促ポップには東野圭吾さんご自身のこんな言葉が書かれている。


「世界が変われば善悪も変わる。人殺しが善になることもある。これはそういうお話です」


ここから想像される物語は、彼ら13人だけが取り残された世界で、徐々に元の世界の秩序やルール、常識が崩壊していく様子を描いていくSFサスペンス小説。


人間が人間の心を保てるのはいつまでか。人間はどんな状況でも尊厳やモラルを保つことができるのか。
それがこの物語の眼目。僕はそう思って読んだ。


その僕の期待は裏切られることになる。
もちろん、この物語はそういう内容である。そこに誇張も嘘もなかった。

けれど、東野圭吾さんがこのテーマを上手に描けているとは思えない。まるで期待外れだった。


たとえば、12人が山西夫人を安楽死させる決断を下したとき。僕はとても唐突で不自然に感じた。

それまで彼らは普通に行動をしていたし、この時点ではまだ元の世界に戻れる(もしくは救助の手が差し伸べられる)ことを皆が信じていたし、期待もしていた。彼らが今までの世界とはまるで別物の世界に来てしまったことを実感する出来事はほとんど無かったと言っていい。


それはつまり、彼らの持っている常識やモラルは崩壊していないことを意味する。

ここであっさりと安楽死の選択ができるのはおかしいし、少なくとも夫である山西氏がその選択を自ら提案するのは不自然に感じた。

人間はそう簡単に今までの慣習を捨てることなどできないと思う。



たとえば、こういう想像をしてみてはどうだろうか。
若い女性が火事で二階あたりに取り残されたとする。窓から脱出を試みるけれど、部屋にロープのようなものは一切ない。
外から野次馬が、全裸になって自分の服をつなぎ合わせ、ロープのようにして降りて来い、と指示する。
どうやらそれしか方法はなさそうだし、それならば確実に助かりそうだ。
でも、それがわかっていてもきっと彼女は躊躇すると思う。最終的にはその決断をするとしても、易々とできる決断ではないと思う。

命がかかっている場面においても羞恥心が簡単に消えさるとは思えない。
人間とはそういうものだ。


そのへんの葛藤がこの物語にはほとんど描かれていない。


東野圭吾さんは「秘密」の中で愛娘の身体を持ってしまった妻との生活における男の葛藤を実感を込めて書き綴った。「秘密」からは切ないまでの平介の気持ちが伝わってきた。


同じSF作品でもこの物語にはそれがない。

心理描写が中途半端で、東野圭吾さんが掲げる重苦しいテーマなどとは一切無縁のパニックサスペンスでしかないと思う。

そのパニックサスペンスの面から見ても、何だか中途半端。場面転換が多く、そこに無駄にページ数が割かれているだけのような気がする。
移動にばかりページ数を割いているから、肝心な部分が中途半端になっているように思える。


さて、この物語のもうひとつの魅力というかテーマは「なぜ13人だけがこの世界にほうりだされたのか」という法則を探すことだ。


それが彼らが元の世界に戻るキーになることは間違いないだろうし、ミッシングリンク物のミステリのようで、その部分は僕もワクワクして読んだ。


運命の13秒間に死んでいた人。
なるほど、この現象は納得ができた。面白いとも思った。
数学的連続性を持っているものは彼らの世界に存在するが、そうでないものは存在しない。

それも面白いと思った。

数学的連続の定義については、分子レベルで言うと実はかなり瑕疵がありそうだけれど、SF小説にそこまで細かくつっこんでいても仕方ないのでそれはやめておく。

ただ、せっかくの数学的スパイスが物語のエンディングに活きていないのが残念。


最後は結局、論理を無視してありきたりな結末を迎える。


そのラストは想像の範疇であって、意外性はない。

もちろん意外性だけが物語の魅力ではないけれど、いい意味で想像を裏切ってくれる作品を読みたい。

本作はそういう意味でも不満が残った。