「貴族探偵」 麻耶雄嵩 集英社 ★★★☆ | 水底の本棚

水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

貴族探偵 (集英社文庫)


信州の山荘で、鍵の掛かった密室状態の部屋から会社社長の遺体が発見された。

自殺か、他殺か?捜査に乗り出した警察の前に、突如あらわれた男がいた。その名も「貴族探偵」。

警察上部への強力なコネと、執事やメイドら使用人を駆使して、数々の難事件を解決してゆく。

斬新かつ精緻なトリックと強烈なキャラクターが融合した、かつてないディテクティブ・ミステリ、ここに誕生!傑作5編を収録。


「ウィーンの森の物語」

物語は、犯人の視点ではじまる。

殺人を犯し、それから自殺に見せかけるために現場を密室にしようとする。

手口は単純。ドアに付いている、建てつけの悪いのぞき窓を少しずらし、出来た隙間から糸を通した鍵を差し込む。糸は壁にかかった上着のポケットを通っており、ロープウェイの要領で鍵をポケットに落とし込むと、糸を抜き取って、密室の完成。

……の、はずだったのだが。

残念ながら、仕掛けの途中で切れてしまいポケットから糸が垂れ下がる羽目に。

さて、どうする?


貴族探偵、登場の巻。

自分は何もせず使用人に推理をさせる、自称・探偵。

この奇抜な設定とは対象的に、中身は王道の本格ミステリです。意外なほど読み応えがあるのにびっくりしました。


「トリッチ・トラッチ・ポルカ」

頭と腕のない全裸の女性死体が発見された。

どうやら彼女は恐喝を生業にしていたらしく、容疑者はたくさん。


バラバラ死体をトリックに利用した作品はいくつもあるけれど、これもなかなか…秀逸です。

用途(?)としては、栗本薫さんの某作品に似たトリックがありました。恐怖度、衝撃度は栗本作品のほうが上ですが、本作のほうが現実に絵を思い描いたら、ちょっと怖いかもしれません。


「こうもり」

単純な○○○を利用したアリバイトリックで、トリックそのものは本当にたいしたことがありません。

でも、その表現が……本当にもう。たまりません。


叙述トリックというのは、登場人物にしてみれば既知の事実を読者の眼から隠すことで、驚きを与えるというタイプのトリックです。

言い換えれば、登場人物と読者の認識にズレを起こすものです。

しかし、これは……見たことがないタイプのトリックですね。

普通とは逆に、読者にだけ真実を示すことで、登場人物と読者の認識にズレを起こしているのです。

これはこれで、叙述トリックの亜流なのかな。


二度読み必至。傑作だと思います。


「加速度円舞曲」

山道をドライブ中、落石を避けようとしてガードレールに衝突してしまった美咲だったが、通りかかった貴族探偵の車に同乗し、大石が落ちてきた別荘を訪ねてみると、担当している作家・厄神の死体が……。


大石を落下させなければいけなかった理由を解き明かすロジックがたまりません。

車をそこに停めようとすればその大石が邪魔になる。その大石が邪魔になるということは……という感じで、現場がリプレイされていく様子は、再現フィルムを見るようです。


「春の声」

桜川家では、当主の鷹亮が孫娘・弥生の婿候補に選んだ三人の男たちが、弥生の歓心を買おうと競っていた。そしてその三人の男が同じ夜に何者かに殺害される。

最終話は貴族探偵らしく、上流階級のお屋敷で起こった殺人事件に、貴族探偵が誇る三人の使用人が、それぞれ三人の男たちを殺した犯人を探る。


っていうか、最後まで貴族探偵何にもしないのかよ?