藤木はこの世のものとは思えない異様な光景のなかで目覚めた。視界一面を覆う、深紅色の奇岩の連なり。ここはどこだ?傍ら携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された」
血で血を洗う殺戮の舞台に突然放りこまれたリストラ社員の藤木芳彦。売れない漫画家の大友藍をパートナーに凄惨なゼロサム・ゲームに挑む。
ベッドに入ってから、なんとなくすぐ眠るのがもったいなくて、本棚に手を伸ばした。
別に何の本でもよかったし、そもそもちゃんと読むつもりなんてなかったから、選びもせずに、寝たままの姿勢で一番先に手に触れた一冊をとった。
それが「クリムゾンの迷宮」だった。
大失敗。
全然寝られやしねえ。
本の半ばくらい(藤木と藍が妹尾と出会い武器の食糧をトレードするあたり)からパラパラと流し読みをし始めたのだが、結局、最後まで読んで、それから最初に戻って、読み始めたところまで。
貴志祐介をパラ読みしようなんていうのが間違っていたんだよなー。
人間、何が恐怖って、追われる恐怖に勝るものは無いのではないかと僕は思う。
僕の場合、子供の頃に見た怖い夢って大抵、何か得体の知れないものに追われるような夢だった気がする。まして、追って来るものが絶対的な強者で、抗う術を持っていない場合、追い詰められていく恐怖は倍加する。
さらに、何といっても怖いのは追ってくるものが「人間」であるということ。
それが幽霊だったり、怪物だったりしても、恐怖の感覚は薄い。
なぜなら、そんなものはいないと理解しているから。
ホラーに現実味を求めてはいけないかもしれないが、本当に起こり得ないことが実感として恐怖に直結してはいかないような気がする。
だが、人間は「人間」の恐さを良く知っている。
同胞を何の理由もなく簡単に虐殺できる唯一の種である「人間」を。
「クリムゾンの迷宮」は正にその恐怖の具現化と言ってよいだろう。
ところで、どうして「クリムゾンの迷宮」がこれほどさくさく読めて、面白がれるのか。
それは物語の進行が非常に単純だからだ。
あ、これ誉め言葉ね。
多人数(9人)によるサバイバルゲームなのだが、視点を固定して物語をぶつ切りにせず、時系列で進行させていくのはこの手のストーリーの場合、実は意外に珍しい(ような気がする)。
視点をあっちこっちに動かすことにより、読者の眼からいくつかの事実を隠蔽し、それを謎にするというストーリー展開はありがちだが、本作はその手法なしに魅力的な謎を作り出すことに成功している。
また、ゲームのルールがシンプルなのも僕みたいな単細胞な読者にはとても良い。
喰うか喰われるか。ただそれだけのゼロサムゲーム。
ルールが明確だから、目的もわかりやすい。
ただ、生き残ること。
物語がそこに向かって真っすぐに進んでいくことが非常に気持ちが良い。
ただ食い、眠り、そして性を貪る。
「生きる」ということは、ただそれだけのシンプルなものだ。
それが物語にそのまま反映されているのだと思う。
そして、さらに言えば。
本作はホラーの意匠を借りたミステリでもある。
さまざまな仕掛けやトリック、伏線がそこかしこに潜んでいて、藤木を騙し陥れようとすると同時に、読者も迷宮の中に。
まさに傑作。未読の方はぜひ。