「この雨が上がる頃」 大門剛明 光文社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

レンタルビデオ店への立てこもり。少女誘拐。結婚詐欺。窃盗。殺人。記憶喪失の謎の女。そして、汚職。

同じ雨の一日に起こった事件は、どれも閉塞した日常から抜け出そうという焦りに、満ちていた。

各地で雨が降った、とある一日事件は多発する。

社会派本格推理の実力派が、趣向を凝らして創り上げた傑作推理珠玉集。


この雨が上がる頃



大門剛明さんと言えば、どちらかと言えば社会派ミステリのイメージがありますね。


「海のイカロス」あたりは、アリバイトリックが使用されていて、本格ミステリの雰囲気もあるけれど、基本的には社会問題を絡めたミステリというのが、大門作品のイメージ。


だから、この短編集を読んで、こういうのも書くんだなあと思いました。


どんだけ上から目線でモノを言うんだよという批判を承知で書くとですね、


いやあ。巧く書くようになったなあ


と思ったのですよ。

(ああっ! 本当にごめんなさい!)


表題作の「この雨が上がる頃」はアンソロジーで既読だったのですが、ワンアイディアでキレイにまとまった短編だったのでけっこうびっくりしたのですよ。


でも、一作だけならまぐれ当たりもあるしなあ、と思っていたのですが。


そしたら二作目の「雨のバースデー」がまた、本格ミステリでしか使われないトリックで。

嬉しくなってしまいましたよ。


さすがにこの人が「嵐の山荘もの」みたいなシチュエーションに挑戦することはないだろうと思うのですが、それでも芸の幅を広げたなあと、感心してしまいました。

(また、上から!)


※ここからはねたばらし感想。





「この雨が上がる頃」

レンタルビデオショップに立てこもった二人の男。

金銭を要求するのではなく、彼らが求めるのは、自分の父親を殺したひき逃げ犯人の娘を人質にとり、真相を告白させること。

たまたまそこに居合わせた沙織は犯人に同情し、つい協力をしてしまう。


…のだが。

犯人の真のターゲットは沙織。


まったくの安全地帯から犯人に同情すらしていた沙織が、いきなり事件の渦中に引きずり込まれていく、そのどんでん返しが本当に見事。

短編とはこういう風にまとめたいよね、というお手本のような巧さ。


「雨のバースデー」

たいした話じゃないなあ…と思いながら読んでいると叙述トリックに引っかかる。


よく読むと(よく読まなくても?)けっこう不自然な描写が多いので、気がつく人は気がつく。

小学生に大金を渡して、そんな時間に外に出す親はあるまい、とか。


ちなみに僕は鈍いので全然気がつかなかった。

自慢じゃないが、叙述トリックに結末前に気がつくことなど、僕の場合、ほとんどない。

いや、本当に自慢じゃない。


この2編のほかは「なんとなくいいハナシ」みたいなものが多く、ミステリとしての面白さにはちょっと欠ける。

ただ、読み物として面白くないわけではは決してないので、全体的な水準は高い。

お勧めの一冊である。