「悪いものが、来ませんように 」 芹沢央 角川書店 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

かわいそうな子。この子は、母親を選べない―。

ボランティア仲間の輪に入れない、奈津子。

たとえば、いますぐわたしに子どもができれば―。

助産院の事務をしながら、不妊と夫の不実に悩む紗英。

二人の異常なまでの密着が、運命を歪に変えてゆく。

そして、紗英の夫が殺されて見つかった。女二人の、異常なまでの密着、歪な運命。

気鋭の新人が放つ心理サスペンス。


悪いものが、来ませんように (単行本)



「タイトルから察するといわゆる、イヤミスかな」


「残念。ちがうな」


「あ、そうなの?」


「ミステリのジャンルで言えば、○○ミステリだな」


「そこ伏字にする意味ある?」


「ある。他のミステリと違って、このジャンルだけはジャンル名を言ってしまうだけで十分ねたばらしになってしまうからな。って、これを言ってる時点でもう結構ねたばらしなんだよ。言わせんな」


「ゴメン」


「このミステリは基本的に、奈津子と紗英という二人の女性の視点から描かれる。共依存を疑われてもおかしくないくらい、べったりの二人なんだ」


「共依存って?」


「自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存する、そういう人間関係。恋愛関係とかで互いがいなくちゃ生きていけないとかいうのではなく、親子とか友人同士とかで依存し合う関係のことだな」


「奈津子と紗英はそういう関係なんだ?」


「紗英は夫の浮気に悩んでいる。それから夫婦の間に子供ができないことにも。

 追い詰められていくような生活の中で、彼女が唯一、頼りにするのは奈津子だけ」


「なんだか健全ではないねえ。話を聞く限りでは湊かなえさんみたいだね。でもイヤミスではないんでしょ?」


「湊かなえさんっていうのは近いかもな。

 章の区切りごとに、奈津子と紗英、それぞれの昔の友人や同僚、親戚なんかのインタビューが挿入される。

 そこで、『何か事件が起きたんだ』ということがわかるんだけど、それが何かは中盤以降までわからない。

 大体、想像はつくけどさ。

 そのわからなさが結構フラストレーションでね。序盤は奈津子と紗英の鬱屈した思いが延々綴られているだけだから、けっこう読み進めるのもだるい。ここで投げ出しちゃう人もいるかもな」


「でも最後までいくと、あっと驚く仕掛けが待っているんだよね?」


「その通り。伏線と呼ぶにはあまりにあからさまな描写もあるから、途中で気が付く人もいるかも。

 でも、仕掛けがわかったときは、それまでのフラストレーションが一気に解消されてけっこう快感だったな。そこまでがだるい展開だっただけにね」


「ふうん。伏線がどうの、って言っているところを見るとここで仕掛けられているのは○○トリック?」


「いや、だからそう言ってんじゃん。ねたばらしになるからあんまり触れるなって。

 とにかくね、ラストはまたラストで結構読み味が悪くないよ。イヤミスではないと断言できるのはこのラストがあるからかな」


「泣けるラスト?」


「泣けるって言えばそうかもしれないけど……まあ読んでみてほしいね。大傑作とまでは評価しないけれども、 いわゆる湊かなえさんの二番煎じみたいな作品とは一味違うと思うから。

 これでストーリーテリングがもう少し磨かれたら、結構良質の作品を生み出す作家さんになるかもよ。ひとつのパターンだけにとどまらず、全然違った作風にも挑戦してみてほしいと思ったな」