講談社の挑戦 | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

宮部みゆきさんの新刊「おまえさん」が発売になっています。
「ぼんくら」「日暮らし」に続くシリーズ第三作目。


おまえさん(上)


この作品ちょっとばかり面白い趣向が凝らされています。

作品の構成も面白いのですが、何より興味深いのはその刊行形態。


何と「文庫」「ハードカバー」の同時発刊。


東野圭吾さんが実業之日本社から「白銀ジャック」を文庫書き下ろしで昨年刊行して以来、
「いきなり文庫化」という形態は徐々にメジャーなものになりつつあります。

(ミヤベさんも今年、光文社から「チヨ子」を「いきなり文庫化」しています)


でも「文庫」「ハードカバー」の両方を同時に出すというのはさすがに初めて見ました。


ご本人の弁では。


「三作目の刊行が当初の予定より三年も遅くなってしまった。
 本来なら文庫落ちしていたということを考えてリーズナブルな文庫で出版することにした」


「とはいえ、ハードカバーで揃えているファンもいるだろうと版元から意見をもらい、
 両方出すという贅沢な企画になった」


とのこと。


……うーん。

まあ、納得はできるんですが。


「○○という本はある?」

「はい、こちらです」

「あら。文庫本じゃないの?」

「ええ、まだ、こちらは出たばかりの新刊ですから」

「そうなのー。じゃあいいわ。ありがと」


なんていう会話が日常茶飯事の書店員としては、確かに「いきなり文庫化」はありがたい。


なにせ、「もしドラ」ですら「文庫じゃないなら要らないなあ」とか言われるんですから。
あの手の本が文庫で出るわけねーだろ!
っていうか、ダイヤモンド社の文庫本なんか見たことねーわ!



あ、話が逸れた。閑話休題。


まあ、そんなわけでイマドキ、ハードカバーを購入するのはマイノリティなわけですよ。

価格や持ち運び易さよりも、好きな本を待ち切れずに読みたい気持ちを優先するモノズキだけがハードカバーを買う。そんな時代。


ひと昔前(いや、ふた昔くらいかな)のように、文庫はお金がなくてハードカバーに手が出せない学生のものではなく、もはや書籍の主流と言っていいものになっているのです。

「本イコール文庫」と言ってもいいくらい、ハードカバーは売れない。


ウチは特にその傾向が強い本屋ですが、たとえ紀伊国屋だろうが丸善だろうが、「おまえさん」はいつものミヤベさんの新刊の十分の一も売れていないはずです。


だって文庫があるんだから。
買う理由ないもの。


売れないってわかっている本を並べるのはあまり楽しいものではありません。

本を作るのはタダじゃない。

それを運ぶ流通だって、配本する取次だって、並べて売る本屋だって。
タダで働いているわけじゃない。
一冊の本がお客様の手元に届くまでには、途方もないマンパワーとコストがかかっている。


僕が書店員でなければ。

マイノリティのためにハードカバーをわざわざ出すミヤベさんと講談社さんは……スゲーなと単純に感心できたのですが。


……なんて、感慨にふけっていたら。

さらに上手がいました。



その名は京極夏彦。


10月14日発売の新刊「ルー=ガルー2」。



ルー=ガルー2 インクブス×スクブス 相容れぬ夢魔<講談社ノベルス>



何と、単行本、ノベルス、文庫、電子書籍の四形態同時発売。


はあ。
まいりました。講談社さん(笑)