昼どきの秋津新聞社投稿課に届いた一通のメール。
添付ファイルに写るのは、拘束された女子中学生だった。
その後、メールが届くたびに、彼女は服を剥ぎ取られていく。
見ず知らずの少女を救うため、新聞社は身代金を支払うべきなのか?前代未聞の要求を前に、必死に活路を見いだそうとする元社会部記者の細川と犯人との息をもつかせぬ攻防が始まる。
書評などでしばしば指摘されていることだし、僕も同じように感じているけれど、石持浅海さんの作品は倫理観が決定的に欠落している。
世間一般の常識と倫理に照らし合わせてみれば、絶対に起こり得ないような思考や行動が石持作品では当たり前のように起きる。
この作品は意外にも(?)そういう点では常識的で読んでいて安心できる。
まあ、そもそも狂言誘拐を企てた二人の女子中学生の思考そのものが狂っているわけだけれど、そこを指摘してしまうと事件の発端を否定することになり、作品そのものが成立しないので、気にしないことにする。
さて、この小説は倒叙型の誘拐小説……である。
読者には最初からこの誘拐が「狂言誘拐」であることが示されている。だから、ミステリといえども推理する楽しみはこの小説にはない。
この小説の肝は、狂言誘拐を両面から描いたことだと僕は思う。
女子中学生二人のお気楽な会話の一方で、秋津新聞社側の今にも人死にが出そうな雰囲気。
その対比が面白い。
狂言誘拐であることを知っていながらも、秋津新聞社側の視点から読んでいるときはついハラハラしてしまうようなスリリングさがある。
倒叙型の誘拐小説としての出来は悪くないと思う。
(※以下、若干ねたばらしを含むかもしれません。未読の方はご注意を)
ただ、残念なのはこの誘拐事件の行きつく先が見えてしまっていることだ。
どれほど凝った仕掛けであっても、警察が介入してこなかったとしても、所詮、女子中学生二人が即興で組み立てた計画である。破綻しないはずがない。
万が一、計画通りにことが運び、身代金を見事に手に入れたとしても、人質解放後は100パーセント警察が捜査に乗り出す。
そうすれば、間違いなく狂言誘拐はばれる。女子中学生の浅知恵に惑わされるほど日本の警察は甘くない。
どうしてこんなにうまくことが運んでしまうのだろう……と不思議に思うほど計画は稚拙で、行き当たりばったり。
大の大人が何人も雁首そろえているのに、すっかり騙されてしまうほど見事な計画とは思えない。
そのあたりの不自然さというか、強引さが読んでいて薄っぺらく感じた。
そもそも一介の女子中学生が新聞社の事情に詳し過ぎる。
その理由が「彼女が学校で新聞部だから」では納得できるはずもない。
それとも……そのへんのアンバランスさとかアンビバレンツな部分を楽しむ趣向なのかなこれ。