「いつか、虹の向こうへ」 伊岡瞬 角川書店 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

尾木遼平、46歳、元刑事。ある事件がきっかけで職も妻も失ってしまった彼は、売りに出している家で、3人の居候と奇妙な同居生活を送っている。
そんな彼のところに、家出中の少女が新たな居候として転がり込んできた。彼女は、皆を和ます陽気さと厄介ごとを併せて持ち込んでくれたのだった…。
優しくも悲しき負け犬たちが起こす、ひとつの奇蹟。

第25回横溝正史ミステリ大賞&テレビ東京賞、W受賞作。




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樋口有介さんを彷彿とさせるシニカルでウィットに富んだ会話と文体が小気味良い。


これが鼻につくという人もいるだろうけれど、僕は結構読みやすかった。するすると物語に入っていける。


基本的には僕はハードボイルド作品があまり好きではない。
それは暴力的な描写が苦手だからなのだけれど……この作品に関して言えばそれほど気にならなかった。

もちろん本作でも暴力的シーンはたくさん出てくるし、ヤクザ屋さんも登場するけれど、根底には優しい“何か”が潜んでいる。
それは「虹の種」の寓話だったり、同居人を思いやる主人公の気持ちだったり、はたまた同居人たちが彼を思う気持ちだったり……。

そういうものがあるから、全体的にはとても暗い話なのに(だってみんな何かしらの問題やトラウマを抱えているんだもの)、不愉快な気分にならずに読むことができる。


お人よしなせいで警察を追われ、さらに縁もゆかりもない人間を助けて自分の家に同居人として抱え込み、それから一度出会っただけの女性を救うべく水からヤクザ屋さんのゴタゴタに巻き込まれる。

それはもしかしたら彼なりの贖罪の気持ちなのかもしれないが……それにしても、主人公の尾木という男は実に愛すべき人物なのだ。

そういう人物が主人公だから、「いかにも」な感じのハードボイルド作品になっていない。そこがいい。


物語の構成、進行も実に滑らか。
尾木の探偵活動の中で自然に、他の登場人物たちの過去が語られていく。読んでいて飽きがこない。

でも一方で、魅力的で特徴的なキャラクターを並べ過ぎたせいか、全体的に平板化してしまった印象もある。主人公の尾木以外は誰もかれも「その他大勢プラスアルファ」くらいの存在になってしまった。


特に、ヒロインであるはずの早希は序盤で逮捕(任意同行だけど)されてしまうために出番がなく、何だかキャラクターがつかみきれないし、読者のほうは「どうしても彼女を救いだしたい」という気分になりきれない。


そのあたりは残念だったけれど、全体としては満足。
デビュー作品であることも考えれば、十分に合格点ではないだろうか。