庄内町(旧・余目町)の国道47号線を走っていると、こうした松などがたまに目に飛び込んできます。
 
 
昔はこうした大木もたくさんあったでしょうね。

  
よく見ると、病気の治療痕でしょうか。よくわかりませんが痛々しいです。

  
『舟つなぎのマツ』とあります。
江戸時代にはこのすぐそばまで最上川があって、このクロマツに舟をつないでいたようですが、
最上川の流れが変わった現在は、ここよりやや東の方で流れています。

 
白く美しい幹をしていてもクロマツ。全国の海岸沿いに多く見られます。
「松」は「神が降りてくるのを待つ」という意味もあったりするようですが……。

  
そばにネムの花も咲いていました。ちょっとしおれちゃっていますが、撮影したのは去年の7月末です。

  
以前記事にもした、『北楯大堰』も流れています。

◆ 過去記事は<コチラ>。

  

  
 
  
祠が気になります。元々ここにあったのでしょうか。道行く人たちの安全を願って……?
それともここで神を待つ?

  
国道を挟んだ反対側の小道に、こんな看板が。
コシヒカリ、ササニシキ、はえぬき、つや姫、あきたこまち、ひとめぼれ・・・などのルーツを辿ると、
『亀ノ尾』という品種に突きあたるのですが、
その米の生みの親・阿部亀治(かめじ)さんの生誕地が、この近く(小出新田地区)にあるのです。

◆ 亀ノ尾に関する過去記事は<コチラ>。
◆ 米の食味ランキング・産地別表は<コチラ>。

山形産の米に[特A]が際立って多いのも、この亀ノ尾のおかげ?

 
  
そして、小出新田の八幡神社には、阿部亀治さんを讃える石碑もあります。

  



 
ありました。 

  
日本海より吹き込む北西風と、最上川より吹き降ろす東風で冷害や風害の常習地帯であるこの地に、
明治元年に生まれた亀治氏。

  
月山からの雪解け水が最上川へ流れる支流・立谷沢川沿いにある熊谷神社へ参詣の折、
近くの田んぼに月山の雪解け水にも耐えて実る稲があることを知り、3本の稲穂を譲り受けます。
それを自家の水田に栽培し、在来品種との比較栽培を行い、4年に渡る苦心の結果、
品種の固定化に成功、『亀ノ尾』と名付けられます。

  
『亀ノ王』という候補名もあったようですが、亀治氏が畏れ多いと恐縮し『亀ノ尾』に落ち着いたとか。

  
『亀ノ尾』は早生で耐冷、耐虫性にも優れ、風害にも強く、米質、食味良く、
小肥栽培でも多収を得られたために、優良品種としてたちまち全国にも広がり、
朝鮮半島や台湾でも栽培されるに至ったようです。
すごいですね~。美味しいお米をありがとうございます! 亀爺さん!(感謝と敬愛を込めて)

  
ちなみに、2005年に余目(あまるめ)町と立川(たちかわ)町が合併して誕生した庄内町は、
あまるめの「あま(天)」と、たちかわの「川」で、「天の川町」というロマンチックな新名が、
最終候補にあったようです。
しかし、若者には指示される一方で、年配者にはピンと来ず受けなかったとか……(^^;)。
で、結局、庄内地方の中央にも位置し、庄内を代表する町になるようにとの願いを込めて、
無難な(?)「庄内町」に落ち着いたそうです。

  
合併といえば花笠音頭の発祥地・尾花沢市では、
大石田町と合併して「はながさ市」になると盛り上がっていたようですが、
様々な理由で折り合いが付かず合併も頓挫。

……あ、神社の話をしていませんでしたね (^o^;) 。こちらは摂社でしょうか?
 
 
兎さんも見えます。月山信仰でしょうかね(月山はこの先にあります)。風車も見えます。

  
ここは八幡神社ということもあって祭神は応神天皇ですが、兎さんのいるこちらはおそらく月読命? 
 
  
狛犬さんも、本殿(奥)の狛犬さんとは風貌が異なります。

  
ひこばえを見ると、生命の神秘・生命の息吹・生命の逞しさを感じます。

  
 
  

 
それでは神社を後にします。 

  
近くには『カートソレイユ最上川』もあります。名前の通り、最上川沿いにあります。

  
全長1,063メートルの東北最大級のJAF公認国内常設レーシングカートコースで、
全国選手権大会やシリーズ戦なども開催され、トップレーサーが腕を競ったり、
家族で楽しむことができる二人乗りのレジャーカートもあるようです。

それよりも私が気になったのは、そこに向かう途中にたまたま出くわしたこちらの古めかしい石碑。 

 
荒倉大神と刻まれてあり、驚きました。
荒倉神社はここから南西へ、直線で結べば約20キロほどの所に位置しますが、
こんな所で荒倉大神と遭遇するとは……。
 
◆ 荒倉神社に関する過去記事は<コチラ>。