――近くにある秋田藩士・豊間源之進の墓へと向かいます。
前々から気になってはいましたが、今回ようやく訪ねてみることに致しました。
50M先ってどこだろうと、ウロウロ藪の中まで探してみましたが、
入り口から直進した崖の上にあるようでした。
上ります。
うんしょ、こらしょ、どっこいしょ。
見えました。日本海を見下ろす形でひっそりとありました。
幕末の戊辰戦争で激戦地となったここ三崎山。
新政府軍に対抗した庄内藩と、
新政府軍と結託した秋田藩との戦いで双方多くの戦死者を出したようですが、
これはその時、当地で戦死した秋田藩士の豊間源之進の墓ということです。
(山形県側にありますが)
安らかにお眠り下さいと手を合わせ、さて戻ろうかと下っていると、
突然どこからか甘く優しい香りが匂ってきました(豊間さん!?)。
見上げればこの木にだけ何かが着いていました。
きのこ? さるのこしかけ? 松やに?
触らぬ神に祟りなし。でもちょっとだけ触ってみました(固め)。
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秋田県側に入り、すぐの小砂川地区へ。
この古めかしい萱葺き屋根の民家も長年気になってはいたのですが、
まさか菅江真澄(江戸時代後期の紀行家)が、
宿泊していた家の跡だったとは気づきませんでした。
秋田を愛した愛知の人で、秋田県内に彼の痕跡を示す標柱が至る所に点在します。
それを見つけて写真に収めるのもまた一興。