「元気を出して 獅子座」前篇 | CRODのブログ 〜サンフランシスコから~

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思い悩む12星座に贈る、

まーさからの激励メッセージ

 

「元気を出して 獅子座」前篇

 

お久しぶりです、獅子座(笑)。

最近いつ大笑いしましたか。最近いつ、泣きましたか。

 

いやね。最近…獅子座はなかなか元気なのではないかと私は思うのですが。

 

でも獅子座って、本当は自分の気持ちを隠せないタイプのはずなのに、自分の“苦労”や“苦しみ”だけは、かなりがっつり…奥底にしまいこむから。

もし、私が獅子座の本心に気づけていないと、いけないし。

そのひとつの判断基準として、これを聞いてみたかったのです。

 

今身の回りで、どんなことが起こっているのだとしても、

思い切り笑えたり、散々泣いたり、そうやって「自分を外に出せている」なら、

獅子座はとにかく大丈夫。

たとえ多少傷を負っても、あなたは回復も早いし、基本的にはかなりタフな人です。

たくさん騒いだ分たくさん食べて、たくさん眠って…。またたくさんのエネルギーを得る。

獅子座はそういう人です。

 

だから、もしそういう状態なら、私は、何だかんだ言ってもたくましい子のお母さんのように

根本的には何も心配しないでいられるのだけど。

 

もしあなたが、そういう感情を押し隠して、辛いのに平気な顔をしたり、冷静を装ったり、

面白いことがないのを「大人はこんなもんだ」「みんなそうやって生きているんだから」と、意味もなく平均化しようとしたり。

何より、いつでも誰よりも“特別な自分でありたい”という、獅子座ならではのつよーい願望を押さえつけて、

普通で、平穏無事で、無難で、悪目立ちしないようにかたくなモードで生きて行こうとしていたら。

 

まずい、獅子座は病気だ!もしくはひどくお疲れ、ダウン5秒前かもしれないぞ!

と私は察知して。

 

すぐにでもあなたを迎えに行かなければいけないのです…!!!

 

そういうときの「いえいえ、私はまだまだ元気です、大丈夫ですから!」は全然信用できないからね。

 

獅子座、気づいているかわかりませんが、あなたは大雑把で…大体において…にぶい!(汗)

こと、自分のことに関しては特ににぶい!

さらに言えば「ネガティブな方向に向かっている自分」を察知するのはとても苦手と言っていいでしょう!

人のことにはそこそこ敏感なのに、なんでなんだろうね。ねえ?

 

といいつつわかっているのです、私は(笑)。

 

あなたは、その「何でも大づかみ」な大雑把さ、本当に魅力的です。

かつ、そういう「大胆で大らかで、大物感のある自分」も、とても好きなんでしょう?(笑)

 

だから、積極的に細かいことを気に掛けないし

(→そういうのは「くよくよしている」「神経質だ」「気弱になっている証拠!」みたいにどうしても思ってしまい、繊細な自分を肯定できない)、

そういう状態になっている私を、なるべくないもの…何なら無視する傾向にあるし、

 

ましてや「なんだか最近、私弱ってきている…?」なんて、

本当に認めたくないのだろうなあ~と。そう思えます。

 

いえいえ、といいつつね。

獅子座って基本は素直で、頭も悪くない(笑)人たちだから、

「体や心の好調不調は誰にでもあるし、自分の内側の変化に敏感になることは、生き物としても正しい状態なんだよ。決して悪く、弱くなっていっている=衰退、という意味じゃないんだよ」

と説明すれば、ああそうか…そうだよねえ(人間だもの)、とすぐにわかるんだけど。

 

でも、無意識に、自分は弱くなってはいけない。だからそういう状態の自分は自分だと認めたくないし、同時に、弱ってくると「元気のない自分にとてもがっかりしてしまう」。

 

こういう側面も、他の星座に比べとても強い気がします。

言われればすぐ受け入れられるのに、きっと本能的に避けるんだよね。

 

で、今回改めて考えてみたいのが。

獅子座を根本的に元気づけるのは、どういうことなのか。

どうしたらいいのか?という問題です。

 

はい、ではまいりましょう。

獅子座が元気で居続けるため、輝きつづけるために、私が必要だと思うこと。

 

まず最初に思うのは、獅子座は、人生の中で、基本的にはあまり自分を守っちゃダメなんじゃないか…ということです。

この場合の守る、というのは、“過度に保守的な”選択をすることと、“ものを考えなくなること”の両方の意味が入っています。

 

獅子座って、ベースはかなり保守的な人なんですよ。そもそもが。

言い方を変えるなら王道主義ってことだし、さらに言うなら「過去にやったことのない選択肢を、いきなり選ぶようなまねはなかなかしない」、こういう意味でもあります。

 

みんな、獅子座に対してはポジティブで積極的なイメージを持っていることが多く、これは実際にその通りなんですが、でもそういう人がイコール「いつも、未知の世界に積極的に乗り出していく」ってわけじゃないからね。

そう、獅子座はワクワクするのは大好きよ?

でも、自分からワクワクにいの一番に飛び込んでいく…何なら自分でも作っちゃう…!みたいなところは、そこまででもないのかなと。

どちらかと言えば、今の自分のいる場所に、ワクワクが向こうから入ってこないかなあ~というのが、獅子座の願望じゃないでしょうか。

これは多分、あまり自分のいる状況やスタイルを変えたくない、何より「今のままの自分でいたい」。そういう気持ちの裏返しではないかとも思っています。
 

そもそもワクワクに飛び込んでいく…つまりは自分をどんどん変化させていっていい、かまわないって人は、ある意味自分というものにこだわりが少ないんですよね。

「これが自分だ!」みたいな、ある種の自分という枠、ひいては…プライド?が、そこまでない場合が多い。

獅子座はこの逆です。

 

プライドって、ある意味自分の前後につけるかぎかっこみたいなもので、

それがあると、必然的に、自分という存在は強調されます。良くも悪くもね。

強調されたものは目立つし、段々それにふさわしいエネルギーもそこに集まってくる。自分の中での自覚も強まる。

結果、かぎかっこをつけた単語は、他の単語よりも特別な意味を持つようになる。

そういう感じじゃないかと思います。

 

どういう風に特別かは、そのかぎかっこ内の単語の性質にもよるんだけど、

自分というものを目立たせたかったら、それによって力を集め、自分を強い存在にしたかったら、そうやって「これは他の物とは違うんだぞ!」と先に言いきってしまう。

これはとても有効な手段だと思うのです。

多分獅子座は無意識にこれをやっているし、そういうことをしたいタイプだとも思う。

 

でもこのケースの問題として、

かぎかっこをつけてしまった単語は、そう簡単に中身を変えることはできない、というのがあります。

 

そこでしばらく、変わらずに存在し続けるものだ(だからみんな、しっかり覚えておいて!)という前提で、そもそもつけるものなのだもの。

途中でたやすく形を変えたり、やっぱりやめる!とか言い出したりはしにくいですよね。

 

多分このかぎかっこに当たるものが、人間におけるプライドで、

獅子座はそれを大事にする性質なんじゃないかと。

 

そもそも、かぎかっこ自体、結構重たいものだとも思うんですよ。

だから、本当の意味で繊細とか、体力がないとか、人任せ度が強いとか、

そういう“はかなさがウリ”(笑)みたいな人は、これはできないし、

そもそもプライド自体に惹かれないことが多い。

 

そう、プライドがどうこう言う人は(失礼)、実際体力的にも「ちょっと余ってる」人が圧倒的だ!(笑)

 

つまりは欲が深くて、もしくは多くて…だからこそ生命力も強くて、

で、その生きている証の一つとして自分をこの世界に向かって強く示したくて、それによって生きている証を得たくて、自分というものに強くこだわるのだろうなと思います。

 

これ自体はね、すごく生きものとして力強いし、いいことだな~かっこいいなあ~と感じるんです。

ある一面では。

 

とはいえ、世界って本当にバランスだからさ。

これも度が過ぎるといろいろ面倒になり(涙)、ひいてはその本人を害することになるというのも何となく予想がつくでしょう?

 

そう、今回強調したいのは、この辺なのです。

 

獅子座、あなたはそもそも、生きることを楽しむために、自分らしさにこだわっているはず。

それ自体は、「俺様は生きているのだ!えっへん!」と言わんばかりに大地に大の字になるような感じで…(なんか変なたとえですが)。

そのくらい素直で率直で、正に健康的なこだわりなのです。

 

が、時にあなたが疲れ、周囲や社会のいろいろなことに過度に惑わされ、あなた本来の価値観以外のものを、その内側に取り込みすぎると。

「どういうものこそ、俺らしい?」

の観点が多少ずれ、何ならにごり、時に老廃物(どうでもいいもの)が内側にたまってくるのだと思うのですよ。

 

多分、もともとの獅子座なら、たとえば目立ちたいにしても、「まあ楽しくてパワフルならなんでもいい!」んじゃないですかね。

 

でも、他の価値観がそこに混ざると、

「ただ目立つんじゃダメ、賞賛されなきゃ」とか、「目立ちつつも、『自分はそんなつもりじゃないのにまわりが…』的スマートさがなきゃ」とか、「一旦目立つけど、でも簡単に廃れない感じじゃなきゃ」とか、「余裕でやれてる感じをもっとださなきゃ」とか…。

 

こういうものに惑わされちゃうんじゃないのかなあ。

 

まあ、総じてくだらないんですけどね!(汗)

でも、こういう声、周囲で非常にしょっちゅう聞こえるでしょう?

 

いえ、これだってひとつひとつは、全然おかしい内容じゃありません。

追い求めるべき人がそうするなら、非常に大事な人生の目的でさえあります。

「何が何でもトップ取りたい」でも「世界一の金持ちになりたい」でも、「マルチな才能で引っ張りだこに!」でも「時代の一歩先を行く寵児を目指したい」でもいいです。

 

そういうのを目指すのに正当性がある…言い換えれば「キャラにあっている」人がやるなら、きっといい感じなのだと思います。老廃物どころか、すごく大事な指針として胸の真ん中に、きちんと掲げておくような考え方なのでしょう。

 

でも、こういうこと、獅子座が言い出すと、なんか違ってしまうんですよね…。

 

私が思うに、獅子座のほしい、最も似合うかぎかっこは、「私という存在の、まるごと全肯定」なんですよ。

条件とかそんなのまるでいらない。

すごいから好きとか、立派だからいいとか、そういう条件づけなんかまるでない。

 

 

獅子座の持っている、ど真ん中の魅力はこういうもので。

そういうおおらかさこそがあなたの原点だからこそ、もっと末端に気がいきすぎるほど、中心部は力をなくしてくる。どこが自分の真ん中なのかわからなくなってくる。

 

ありのままの自分をそのまま受け入れられることこそが、獅子座の最高の力なのに。

裁かず、受け入れ、認める。そして…信じる。

これこそが獅子座の、あなたのもっともしたいことだと、私は思うのですよね。

 

違いますか?