俺は神仏信仰するがそれは俺個人が納得:了解してやってる事だ、俺には姉が居るが
神仏信仰はしてない、従兄弟も神仏信仰してるかは不明だ、俺はおれの人生、今世で
俺がやれるまでは神仏信仰する、俺には子供は居ないので神仏信仰も俺一代で終わりだ
従兄弟の叔父は真言宗を信仰してるがその息子さん=俺の従兄弟は信仰してるのかは
不明だ、そもそも俺が神仏信仰するのも恐怖と不安から来てる、今以上:これ以上の
災厄には見舞われないようにとの事、その神仏信仰もご先祖様:神様を拝んで崇敬崇拝
すれば大難が小難:小難が無難になると見聞きしての事、本当の事かは分からないが
半信半疑の懐疑的では無い・・・不思議と、要は見聞きして言われるままに少しでも今の
現状を変えれるならの思いで神仏信仰してる、いわば了解:承認:自己満足での事だ
神仏信仰は難しいお経や祝詞を唱えてるが意味は調べてない、いわば形式的に信仰してる
だが盲信:盲目的に我を忘れてでは無い、傍から見れば熱心な神仏信仰者に見えるかも
知れないがいやいやあくまでも形式的にその使命を遂行してるまでだ、何度も言うが
俺が神仏信仰するのは不安:恐怖:から信仰してるに過ぎない、根っからの信仰に
対する志がある良く出来た人間では無い、あくまでも煩悩や欲にまみれたただの一般人だ
高尚な志は無い、だが神仏に対する畏敬の念はある、敬ってる、まあ無神論者からすれば
意味の無い戯言(ざれごと)徒労だと思うだろう、だが俺は救われたいからただ一心に
神仏信仰してる、俺だけの信仰では無い、大切な愛娘ちびを救いたいとの意味でやってる
俺だけの問題では無い、愛する者を守るため、切羽詰れば誰でもでは無いかも知れないが
見えない神仏にお救い下さいと願うものかとは思う。
今朝のムスメデスのちび♡