いつもありがとうございます。瀬谷勝栄塾田中です。

 

 

 

今回は、瀬谷松栄塾で新しく始める「弱点克服塾」についてです。

学校の授業にうまく参加できない時期があったり、長く休んでしまったり、学級の状況から十分に勉強できない時期があったり。

そうすると、本人が悪いわけではなくても、学習の抜けが少しずつ増えていきます。

そのまま学年が上がると、今の学年の勉強をやっているだけでは追いつかなくなることがあります。

弱点克服塾では、そうした小学生の学習を一度立て直します。

学年を戻って勉強する

弱点克服塾では、今の学年だから今の学年の問題をやる、とは限りません。

例えば小学6年生でも、必要なら小学4年生の内容まで戻ります。

どこまでできていて、どこから分からなくなっているのかを確認して、必要なところからやり直します。

学習する。

テストする。

できなかったところを確認する。

指導する。

もう一度テストする。

できたら次へ進む。

基本はこの繰り返しです。

学校や一般的な集団塾では、今の学年の内容を進めることが中心になります。

そこにうまく乗れなくなったとき、一度戻って学習を立て直す場所があってもいいと思っています。

ずっと弱点克服塾に通う必要はありません

弱点克服塾は、ずっと通ってもらうことを目的にしていません。

ある程度学習が立て直せたら、集団塾に移ることもできます。

中学受験塾ではない、他の集団塾との併用も可能です。

集団塾では現在の学年の勉強を進めながら、弱点克服塾では以前の単元をやり直す。

そんな使い方もできます。

提携している塾との連携も行います。

「次は集団塾で」という場合にも、選択肢を用意しています。

もちろん、

「そのまま瀬谷松栄塾で見てほしい」

という場合は、そのまま続けてもらって構いません。

三ツ境での指導に加えて、通塾が難しくなった場合にはオンラインでの継続もできます。

オンラインは、一般的な「画面越しの授業」とは少し違います。

学習の進み具合を確認し、勉強した成果を報告してもらい、分からないところは質問してもらう。

必要なときにはこちらから確認します。

三ツ境以外でも開校します

今回の弱点克服塾は、三ツ境だけではなく、三ツ境以外の地域(現在は綱島校)でも開校しています。

そのため、瀬谷松栄塾の通常の営業時間も一部変更します。

水曜日・金曜日は19時20分からの開校となります。

これまで利用していただいていた方にはご不便をおかけする部分もありますが、ご理解いただければと思います。

小学5年生以上のコースとは料金が違います

弱点克服塾では、パソコンを使った学習も取り入れます。

ただ、パソコンに問題を解かせて、自分で進めてもらうだけではありません。

学習の状況を見ながら、個別に説明したり、間違いの原因を確認したり、必要なところまで戻って教えたりする時間が多くなります。

そのため、自分で学習を進められる小学5年生以上を対象としたコースとは、必要な指導量が違います。

料金設定も別にしています。

パソコンを使うから安い、ということではありません。

パソコンを使いながらも、実際には人が見て、教えて、確認する時間が多い。

そこが弱点克服塾の特徴です。

いろいろな塾があっていい

集団塾が合う子もいれば、個別に見てもらったほうがいい子もいます。

一度、前の学年まで戻って学習を立て直したほうがいい子もいます。

その後、集団塾へ移るのもいい。

そのまま瀬谷松栄塾で続けるのもいい。

状況に合わせて選べるようにしておきたいと思っています。

「最近、勉強についていけなくなってきた」

「どこからやり直せばいいのか分からない」

そんな小学生がいたら、一度ご相談ください。

弱点を見つけて終わりではなく、その先まで考えて指導します。

 

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本来、アメブロはもう更新しないつもりでした。

これまでの記事も、少しずつHPに整理していく予定です。

 

ただ、今回の話は、書き方によっては「保護者への苦言」のようにも読めてしまう話です。

そういうつもりではないのですが、短く切り取ってしまうと、なかなか伝わりにくい。

だからこそ、長く塾のことを書いてきたこの場所で、一度書いておこうと思いました。

 

最近、学校の課題で「提出自由」となっているものを見るようになりました。

成績の振るわない生徒に聞くと「提出自由だからやらない」とこう答えてくることがここ2年くらいで圧倒的に増えました。

 

成績悪すぎる生徒に、答えを写すだけの課題になってしまう場合は確かに時間の無駄になることがあります。他にやらなければいけないことありますからね。ですが、こういう子たちは基本的に「自由」をはき違えています。そもそもこういう子はその「自由になって、やらなくなったワークの分他の勉強するかというと、まずほぼしないでしょう。

そういう子はむしろ「自由」にしても、「やらなくていい、他のことをやろう」と塾や学校の先生に言われない限りできないなりにやろうとしてしまう気がします。

 

「提出自由」なのだから、出すか出さないかは自由です。

それ自体はその通りなのでしょう。

 

ただ、「自由」と「やらなくていい」は同じではありません。

出さなければどうなるのか。
出すことで何が変わるのか。

そこまで考えたうえで「今回は出さない」と決めるのであれば、それは本人の選択です。

 

でも、単純に「自由だからやらなくていい」となってしまうと、少し違うと思っています。

単純に、「評価基準に含まれないとは言っていない」ということです。

 

言われた課題をやる。
期限までに提出する。
決められたことを続ける。

 

これは、「主体的に取り組む態度」として評価されることが多いと思いますが、厳密に言えば自己管理や遂行力に近いものだと思います。

でも、だからといってできなくてもいいわけではありません。

 

やるべきことを把握して、期限までに終わらせる。
そういう力は、勉強に限らず今後絶対に必要になる力です。

 

大人になれば、期限のある仕事もあれば、手続きもあります。約束もあります。

「やらなければいけないことを決められたところまで期限内に終わらせる。終わらないときは報告・相談する」というのは、地味ですが必要な力です。

こうした力は、放っておけば自然に身につくものでもありません(大人の行動を見て身につける子はいることはいます)。

 

 

現状でできない子に、「自分でやりなさい」と言い続ける。

これだけでも、親にとってはとてもストレスですよ。わかります。うちの子もそうでしたからね。

本当にいらいらする。

「自分の人生なんだから、好きにしろよ」と思う反面、「必要だと気付いたときには遅いから」とも思う。

親心というか、おせっかいというか。それとも、相手をまだ自立した一人の人間だと思えていないのか。

そんなことを考えて、自己嫌悪になることだってあります。

これ、生徒にもしますよ。

「俺が言うことじゃない。これ以上は自己責任だ」と思う。

でも……。

そこで完全に手を離してしまって、本当にいいのか。

そう思ってしまうんですよね。

 

結論から言うと、少なくとも中学生のうちは、中学でもできないままなら高校3年くらいまでは周りの大人がやらないといけない状態である子が増えていると思います。

 

できる子なら任せればいい。

でも、できないなら、ある程度は親や塾が介入した方がいい。

少なくとも、オール3くらいを下回っていて、提出物も家庭学習も自分で回せていないのであれば、私は親がある程度見た方がいいと思っています。

 

もちろん、ずっと親が管理するという話ではありません。

できるようになったら、手を離せばいい。

 

塾での関わり方も、基本的には同じです。

自分でできないうちは、必要なところまでこちらが関わる。
できるようになったら、少しずつ任せていく。

 

本来、塾の仕事は学力を上げることです。

でも、成績を上げようと思うと、どうしても学習そのものだけでは済まない子がいます。

宿題をやらない。
提出物をやらない。
家で勉強しない。
そもそも、何をいつまでにやるのか把握していない。

こういう状態なら、授業だけしていても成績はなかなか上がりません。

だから、必要ならうちは、勉強そのものの指導よりも、こういった学習行動の指導に時間を使うこともあります。

「何をやるのか」「いつまでにやるのか」を一緒に確認する。
宿題をやっていなければ、「やれ」と言う。
家でできないなら、「塾に来い」と言う。

かなり口も出します。

ただし、ここには限界があります。

塾で「やれ」と言うことと、塾ですべての作業をやらせることは別です。

例えば週2回、90分しか塾に来ていないのに、学校の提出物を全部塾でやらせることは物理的に無理です。

明日提出なのに、2時間では終わらない量が残っている。
それを塾に持ってきたからといって、2時間が4時間になるわけではありません。

その時間を全部提出物に使えば、今度は本来の授業ができなくなります。

だから、見ることはできます。
管理もします。
必要なら、かなり口も出します。

でも、「塾に持ってくれば全部なんとかなる」という話ではありません。

家庭でやる時間も必要です。

本人ができるなら、本人がやる。
できないなら、親が見る。
それでも難しいなら、塾を使う。

それぞれが使える時間の中で、必要な勉強量を確保する。

私は、それが一番現実的だと思っています。

 

家でできるなら、家でやればいい。
家ではできないなら、塾に来ればいい。

「やれ」と言われないとできないなら、まずは「やれ」でいいと思うんです。
それでもできないなら、「来い」でいい。

大事なのは、本人が自分でできるようになることです。

最初から何でも自分で管理できる子ばかりではありません。
だから、できるようになるまでは、親や塾が手を出してもいい。

そして、できるようになったら、少しずつ手を離していけばいい。

その先に、自分から「やってみよう」と思って動く、本当の意味での主体性があるのだと思います。

 

「自主性を尊重する」というのは、何も言わずに任せることではないと思っています。

できないうちは、大人が関わる。
できるようになったら、少しずつ任せていく。

その繰り返しで、自分でできることを増やしていけばいい。

 

ただ、昔よりこの「できるようになるのが遅くなってきている」というのは感じています。

(場合によっては大学生であっても介入が必要です。残念ながら)

 

以前なら、何度か言えばできるようになっていたことでも、なかなか自分でできるようにならない。

だからこそ、できるようになるまでの間、誰がどこまで関わるのか。

そこは、家庭も塾も、もう少し真剣に考えていいのではないかと思っています。

 

 

 

いつもありがとうございます。 瀬谷松栄塾の田中です。

 

30秒で読むまとめ

  • 「やりたいこと」が見つからなくても、焦る必要はない。
  • それよりも、「やりたくないこと」を整理すると進路が見えやすくなる。
  • なるべくやりたくないことを減らす人生は、幸せにつながりやすい。

「将来、何になりたい?」

 学生の頃から何度も聞かれる質問です。

 しかし、すぐに答えられる人ばかりではありません。 

 

「特にやりたいことがない。」

 「まだ決められない。」 

そう思っている人も多いでしょう。 

でも私はそれで困る必要はないと思っています。

 

よく 「好きなことを仕事にしよう」 という言葉を耳にします。

 

もちろん、それが実現できるなら素晴らしいことです。

 

しかし現実には、好きなことがプロ野球選手になるより難しいくらい狭き門であることもあります。

また仕事にすることはできても、それだけで生活していくのは難しいという仕事も少なくありません。 

 

だから「やりたいこと」を見つけられないこと自体を必要以上に悩む必要はないのです。 

 

一方で、やりたいことがある人も注意が必要です。

「好きだから。」

それだけで進路を決めるのではなく、その仕事で生活できるのか、求人はどれくらいあるのか、将来性はどうなのかという現実も知っておく必要があります。

夢を追いかけること自体は悪いことではありません。

しかし、現実を知らずに進むことと、現実を知ったうえで挑戦することは全く違います。

収入や働き方、競争率などを理解したうえで、「それでも挑戦したい」と思えるのであれば、それは納得して選んだ道です。

一方で、「こんなはずじゃなかった」と後から気付くのは、本人にとって不幸なことです。

だからこそ「なんとなくやってみたい」ではなく、その仕事について調べてみる、ということはぜひしてみてほしいと思います。

 

 

そして、やりたいことがある人もいれば、やりたいことがない人もいます。

 

そこで私がおすすめしたいのが、「やりたくないことから考える方法」です。

 

具体的には「やりたくないこと」に点数をつけてみる。

例えば、 満員電車で通勤する仕事は100点(絶対に避けたい)

夜勤は90点

ノルマばかりの営業は80点

人前で話し続ける仕事は70点・・・

こんなふうに、自分が嫌だと思うことを書き出してみます。

 

 

 もちろん人によって内容は全く違います。

人と話すことが好きな人もいれば、一人で黙々と作業する方が好きな人もいます。

正解はありません。

生徒たちと話してみると、営業をやってみたい!という子や、絶対やりたくない!という子、単純作業が好き!だったり、単純作業の繰り返しは苦痛すぎる!という子もいます。

本当にひとそれぞれですね。

 

実際、人生ではやりたくないことを全くやらずに生きることは難しいでしょう。

仕事にも、人間関係にも、面倒なことはあります。

 

それでも、「なるべくやりたくないことを減らす。」 という考え方はできます。

毎日100点の嫌なことを我慢し続ける人生より、

30点くらいの我慢で済む人生の方が長い目で見れば幸せを感じやすいのではないでしょうか。

進路を考えるときも同じです。

「やりたいことが決まらないから進学先を決められない。」

そんな人は少なくありません。

でも、「これは絶対に嫌だ。」 というものなら、意外と見つかることがあります。

その「嫌」を一つずつ減らしていくと、自然と残る選択肢が見えてきます。

それも立派な進路の決め方です。

「やりたいこと」を見つけることばかりが正解ではありません。

「やりたくないことを減らしていく。」

そんな考え方も、人生を選ぶ一つの方法だと思います。

 

もちろん、「やりたくないこと」を減らすことばかり考えていればいいわけではありません。

人生は、「今」の気持ちだけで決まるものではないからです。

例えば、勉強はやりたくない。だから

「定員割れだから、このくらいでいいや。」

「受かる高校ならどこでもいい。」

と勉強をやめてしまう人もいます。

その選択自体は自由です。

しかし、その結果として行ける大学や就ける仕事の選択肢が減るのであれば、それもまた自分で選んだ結果です。

「今は特にやりたいことがない。」

だからこそ、将来の自分の選択肢まで減らしてしまうのは少しもったいないと思います。

 

将来、何か本当にやりたいことが見つかることもあります。

そのときに、

「昔もっと勉強しておけば、この仕事を目指せたのに。」

「学歴が足りなくて挑戦すらできない。」

そんな状態には、できるだけなってほしくありません。

やりたいことが見つかるのは、20歳かもしれませんし、30歳かもしれません。もっと先かもしれません。

だからこそ、学生のうちは将来の選択肢を自分で狭めないための努力をしておくことには意味があります。

勉強は、「今やりたいこと」のためだけにするものではありません。

まだ見つかっていない「将来やりたいこと」を諦めなくて済むようにするため

「そんなの年寄りの説教だ。」

と思うかもしれません。

それでも、年長者が「後悔した」と口をそろえて言うことは、案外、本当に後悔することが多いものです。

全部信じる必要はありませんが、一度耳に入れておく価値くらいはあると思います。