いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾田中です。

 

最近ブログ連投していますが、ネタだけメモとっていて、仕上げしてなかったものを放出しています。夏休み前、定期テストあとに塾を探している人の(うちに通うとかではなくても)参考になれば、と思いながら書いてます。

 

さて、相変わらず話が長い(普通に読んだら6~7分)ので、今回から「30秒で読むまとめ」に変更しました。

本文を読まれる方は読まなくて良いです!

 

行きたい学校がある。しかしその目標に対して今の行動が足りていないなら、行動を変える必要がある。努力しているのに結果が出ないなら、努力の内容や方向性を変える。努力が足りないなら、事実として指摘する。それでも全く行動が変わらなければ叱る。本気で行きたいなら、厳しいことを言われても折れずに、次の行動を変える。そうでないなら、目標を下げる。行動も変えない、目標も下げない権利だって一応ある。その場合は他所の環境も視野にいれよう。

 

 

 

志望校を口にすることは、悪いことではありません。

今の成績より高い学校を目指すことも、悪いことではありません。

むしろ、行きたい学校があるなら、それは大事にしてほしいと思っています。

 

「この学校に行きたい」
「この高校に入りたい」
「この大学を目指したい」

 

そういう気持ちがあること自体は、とても良いことです。

ただし、目標が高くなればなるほど、今の行動も変える必要があります。

「行きたい」と言うことと、そこに届く行動をすることはあたりまえに別のことです。

 

そして、受験生になったから、と自動的に変わるものでもありません。

 

目標が適正なら、特に何も言いません

目標が、今の力やこれまでの努力に対して適正であれば、私は特に何も言いません。

 

今の本人の力。
これまでの積み重ね。
残された時間。
現在の勉強量。
目標までの距離。

 

そういうものを見たうえで、目標と行動が合っているなら、それでよいと思っています。

特に最近は、偏差値50以下の公立高校に入るために必要な努力量は、以前よりかなり少なくなっている印象があります。

 

勉強が人生のすべてではありません。

勉強ができても仕事ができない人もいますし、高校の偏差値が高くなくても、社会に出てしっかり力を発揮している人もたくさん見てきました。

むしろ、そういう人たちを見ていると、「勉強ができなかった」というより、「その時期に勉強をしなかっただけなのだろう」と感じることもあります。

 

頭の回転が速い人もいます。
人との関わり方がうまい人もいます。
仕事の覚えが早い人もいます。
やろうと思えばできたのだろうな、と思う人もいます。

 

無理に上を目指せとも言いません。
無理に下げろとも言いません。

 

本人にとって適正な目標で、そのための行動ができているなら、こちらが必要以上に口を出すことではないからです。

 

ただし、本人が今の力より高い目標を口にするなら、話は別です。

行きたい学校があるなら、その目標に届く行動をしなければいけません。

「この学校に行きたい」と言いながら、今までと同じ勉強量、同じ提出物の出し方、同じテスト前の動き方をしているなら、そこは変える必要があります。

足りないなら、何が足りないかを考える

目標に対して今の力が足りていない場合は、その差を見ます。

点数が足りないのか。
内申が足りないのか。
勉強量が足りないのか。
基礎が抜けているのか。
学校課題の進め方が甘いのか。
テスト前の準備が遅いのか。

足りない部分は、生徒によって違います。

努力しているのに結果が出ていないなら、その努力の内容や方向性を一緒に考えます。

どの教科を優先するのか。
どの単元まで戻るのか。
どれくらいの量をこなす必要があるのか。
今のやり方で間に合うのか。
次のテストまでに何を変えるのか。

努力している子に対して、「もっと頑張れ」だけでは足りません。

頑張っているのに結果につながっていないなら、頑張り方を変える必要があります。

そこは一緒に考えます。

努力が足りないなら、そこは指摘します

一方で、目標に対して明らかに努力が足りない場合もあります。

行きたい学校はある。
でも、勉強量は足りない。
宿題も甘い。
直しも甘い。
学校ワークも遅い。
小テストの準備も甘い。

その状態で「行きたい」と言っていても、合格に近づくわけではありません。

その場合、私は指摘します。

それは、目標を否定したいからではありません。

むしろ、「本当に行きたいのなら」、今のままでは間に合わないからです。

厳しく聞こえるかもしれません。

ただ、少なくとも十年以上、この地域で塾をやっています。

他の塾なら間に合う、ということもあるのかもしれません。

しかし、少なくともうちでは、このまま進めば間に合わない。
今の勉強量では届かない。
そのやり方では点数につながらない。

そう判断したときに、何も言わないのが優しさだとは思っていません。

もちろん、言い方には気をつけなければいけません。

私自身、伝え方を間違えたと思うこともあります。

ただ、伝え方の問題と、今のペースで間に合うかどうかは別です。

言い方が気になったとしても、今のままでは間に合わないという事実まで消えるわけではありません。

できれば、そこは信じてほしいと思っています。

こちらも変わる努力はします。

 

ただ、遠回しに言っても直らないなら、どうしても直接的な言い方になります。

本当に伸びたいなら、厳しい指摘を受け止めて、自分の行動を変える材料にしてほしいのです。

 

指摘して行動が変わるなら、それでよいです。

 

言われて、行動を変える。
 

勉強量を増やす。
直しをする。
わからないところを聞く。
学校ワークを早めに進める。
小テストの準備をする。

 

行動が変われば結果は変わります。

 

そうなれば、こちらも次の行動を見ながら進めます。

大切なのは、指摘されたあとにどう動くかです。

 

一度失敗したら終わり、という話ではありません。

人間なので、元に戻ってしまうこともあります。
たまたまやってしまうこともあります。
気が緩む日もあります。

それ自体を一回で全部だめだと言いたいわけではありません。

 

ただ、大切なのは、そのあとです。

同じことを繰り返さないようにする。
なぜ戻ってしまったのかを考える。
次にどうすれば防げるのかを決める。
自分なりの再発防止法を考える。(もちろん、私がやってきた・他の人がやっていた、自分が知っているだけの技術で、合いそうなものは全て教えます)

 

そこまで含めて、勉強を通じて学んでほしいと思っています。

失敗してもいい。

ただ、失敗したあとにリカバリーできる精神性と技術を、勉強を通じて身につけてほしいのです。

何度指摘しても変わらないなら、叱ります

しかし、何度指摘しても行動が変わらない場合は、叱ります。

目標に対して行動が足りないのに、そのままにするわけにはいきません。

「行きたい」と言う。
でも、行動は変えない。
注意されても、その場だけで終わる。
また同じことを繰り返す。

それでは、目標に近づきません。

行きたい学校があるなら、行動を変える必要があります。

行動を変えないなら、目標を見直す必要があります。

どちらも選ばずに、「行きたい」とだけ言い続けても、現実は変わりません。

だから、何度も同じことを繰り返すなら、私は注意します。

それは怒りたいからではありません。

間に合わなくなる前に、変わってほしいからです。

 

それでも変わらないなら、選ぶ必要があります

 

注意しても行動が変わらない場合、本人に選んでもらうしかありません。

志望校を下げるのか。
行動を変えるのか。

 

そのどちらかしかないですからね。(あ、「落ちる」「運任せで受かる」ということもあるか、でも運任せで受かってしまうような成功体験は、長い人生で見ると良くないよなあと個人的には思っています。)

 

志望校はそのまま。
でも、行動は変えない。

 

それでは、現実的には厳しいです。

 

もちろん、最後まで可能性がゼロだと言いたいわけではありません。

ただ、合格可能性を上げるために必要な行動をしないまま、「行きたい」という気持ちだけで届くわけではありません。

 

今の能力と努力にふさわしくない高校に行きたいなら、行動を変える。

行動を変えられないなら、目標を見直す。

 

厳しいですが、受験ではそこを考えなければいけません。

 

そして、「行動を変える」と決めたなら、具体的に変える必要があります。

 

毎日の勉強時間を増やすのか。
学校ワークを早めに終わらせるのか。
間違えた問題を解き直すのか。
英単語や漢字を毎日やるのか。
自習に来る回数を増やすのか。
スマホの時間を減らすのか。

 

「頑張る」
「ちゃんとやる」
「次はやる」

 

それだけでは、たいてい同じことになります。

行動を変えると言ったのに変わっていなければ、私は叱ります。

時代には合わないのかもしれません。

それでも、行きたいという気持ちが本気なら、そこで折れずに変わってほしいと思っています。

そして、そのためには保護者の方のご協力も必要です。

塾で厳しいことを言われたあとに、ご家庭でさらに強く責められると、本人の気持ちが折れてしまうこともあります。

ご家庭では、叱責を重ねるというより、

「何を変えるのか」
「次に同じことを繰り返さないために、どうするのか」
「本当にその学校に行きたいのか」

そこを一緒に確認し、必要であれば背中を押していただければと思います。

もちろん、どの塾にも合う・合わないはあります。

厳しい指摘を受けながら行動を変えていく方針が合わない場合は、別の環境を選ぶことも悪いことではありません。

ただ、本気で行きたい学校があるなら、楽な言葉だけではなく、必要な指摘も受け止めて、行動を変えるきっかけにしてほしいと思っています。

 

 

いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾の田中です。

 

・「総合型で行く」と言うだけでは、受験準備を始めたことにはならない。

・評定で強くない場合ほど、出願条件確認・志望理由書・面接・小論文対策を早めにする必要がある。

・学校の面談を待つのではなく、遅くとも4月、最悪6月中には自分が受けられる大学と必要な準備を整理すべき。

高校3年生と進路の話をしていると、総合型選抜の話が出ることがあります。

うちは高1からずっと話をし続けてるので、このあたりの方向性がズレることはほぼないのですが、

「周りの子はどう?」と聞いてみると、総合型選抜についてかなりあいまいなまま考えている高3生もいるようです。

 

「一般は大変そうだから、総合型にする」

「指定校は無理そうだけど、総合型なら何とかなる」

 

こういう言葉だけが先に出ていて、実際には何も調べていなかったり、適当にやっていれば受かると思っていたり。

 

どの大学を受けるのか。
どの方式で受けるのか。
出願条件を満たしているのか。

 

※さすがにこのレベルで調べてないというケースはほぼないと思いますよね?そうであると良いですね、という感じです。

 

いつまでに何を準備するのか。
落ちた場合にどうするのか。

 

そこがはっきりしていないうえに、なぜか自分の進路は、最終的には行きたいところに決まると思っている・・・

そういう高3生は、それなりにいるのではないかと思っています。

 

もちろん、大学に行きたいと思うことは悪いことではありません。

行きたい大学があることも、学びたい分野があることも、悪いことではありません。

 

ただし、大学受験は「行きたい」と思っていればどこかに決まるものではありません。

 

特に総合型選抜は、「総合型で行く」と言った時点で準備が始まるわけではありません。

むしろ、そのあとに確認しなければいけないことがたくさんあります。

 

「総合型で行く」と言っているだけでは、何も決まっていません

「総合型で行く」という言葉は便利です。

一般選抜より少し楽そうに聞こえる。
指定校推薦が取れなくても使えそうに聞こえる。
勉強が苦手でも何とかなるように聞こえる。

 

しかし、「総合型で行く」と言っているだけでは、何も決まっていません。

どの大学の総合型なのか。
どの学部なのか。
出願条件は何か。
評定は必要なのか。
志望理由書はどのレベルで仕上げて、誰に、いつまでにチェックしてもらうのか。
小論文はあるのか。
面接はあるのか。
基礎学力テストはあるのか。
オープンキャンパス参加が条件になっていないか。
専願なのか、併願できるのか。


そして一番重要なのは

 

落ちた場合に次の入試へつなげられるのか。

 

 

ここまで確認して、初めて「総合型を考えている」と言えます。

総合型という言葉を使っているだけでは、受験準備をしていることにはなりません。

 

総合型は、勉強しないで受かる入試ではありません

総合型選抜は、勉強しなくてよい入試ではありません。

一般選抜とは見られる部分が違うだけです。

 

大学や学部によって内容は違いますが、総合型では次のようなものが求められます。

 

志望理由書。
活動報告書。
面接。
小論文。
プレゼン。
口頭試問。
課題提出。
基礎学力テスト。
オープンキャンパスへの参加。
事前面談。

 

 

大学によっては、かなり早い段階から準備が必要になります。

志望理由書は、ただの作文ではありません。

「なぜその大学なのか」
「なぜその学部なのか」
「入学後に何を学びたいのか」
「将来どうつなげたいのか」

そういうことを、自分の言葉で説明する必要があります。

大学や学部を調べていなければ書けません。

面接も同じです。

なんとなく「興味があります」だけでは弱い。

その分野に興味を持った理由。
高校生活の中で取り組んできたこと。
大学で学びたい内容。
卒業後の方向性。

 

そういうものを聞かれたときに、きちんと話せる準備が必要です。

小論文があるなら、文章を書く練習も必要です。

基礎学力テストがあるなら、当然、勉強も必要です。

つまり、総合型は「勉強しないで適当にやっても受かる入試」ではありません。

勝負する場所が変わるだけです。

 

 

評定で強くないなら、別の材料が必要

 

公立高校で評定が3.5前後、あるいは3.8に届かないくらいの場合、指定校推薦で希望する大学を選ぶのは簡単ではありません(私立はノーコメント)。

 

指定校推薦は、基本的に高校内での評定や条件が重要になります。出席日数や遅刻早退日数を厳しく定めている学校もあります。

 

 

またさらに大学ごとに条件があり、校内選考もあります。評定4.4で、3.8以上の大学を取れない(結果学科変更でとれましたが、この年度、青学が最後まで残ってたので、失敗した~と本人も言っていました)こともあれば、3.9で法政が取れてしまったこともあります。

 

評定が足りない。
希望する大学の指定校枠がない。
校内で選ばれる見込みが薄い。

そうなると、指定校推薦は厳しくなります。

 

その状態で総合型選抜を考えるなら、「指定校より楽そうだから」ではなく、「評定以外の部分でどう勝負するか」を考えなければいけません。

まずそれにあたって、まず総合型では大きく崩れないようにする必要があります。

 

志望理由書で、大学や学部を調べていないことが見えてしまう。
面接で、なぜその大学なのかを答えられない。
小論文で、文章として成り立たない。
基礎学力テストで、最低限の点が取れない。
活動報告書に書ける材料がほとんどない。

 

こうなると、総合型だからといって合格しやすくなるわけではありません。
まずは勝負できる土俵に上がる準備が必要なのです。

 

指定校が厳しいから総合型に回る、という選択自体はあります。

しかし、それは楽な道に逃げるという意味ではありません。

評定で強くない分、ほかの部分で準備しなければいけないということです。

総合型は、普通に落ちます

総合型選抜は、出願すれば全員合格する入試ではありません。

大学や学部によって倍率は違います。

中には、比較的入りやすいところもあります。

一方で、首都圏の中堅私大でも、1倍台でほぼ全員合格に近いところばかりではありません。

2倍前後~10倍前後。
そういう学部もあります。

つまり、普通に落ちます。

 

「総合型だから大丈夫」

「一般より簡単そう」

「指定校がだめなら総合型」

その感覚のまま出願すると、かなり危ないです。

総合型は、準備した人が有利になります。

逆に言えば、準備しない人は普通に落ちます。

 

単純に、2倍ですら、二人に一人は落ちるわけですからね。

 

学校任せでは間に合わないことがあります

公立高校の場合、大学受験については「自分で調べ、自分で準備するもの」という前提が強いように感じます。

 

もちろん、学校でも面談や進路指導はあります。

先生が何もしてくれない、という話ではありません。

 

ただ、総合型選抜の出願条件、オープンキャンパスの日程、志望理由書の準備、小論文や面接の対策まで、すべてを学校が先回りして管理してくれるわけではありません。

 

待っていれば全部決まるわけではありません。

特に総合型選抜は、動き出しの早さで差がつきます。

 

夏休みの三者面談で初めて、

「総合型も考えています」

となってなにも準備していなかったとしたら、先生は鼻毛が出てしまうくらいびっくりすることでしょう。そこから出願条件を調べ、大学を調べ、オープンキャンパスに行き、志望理由書を書き、小論文や面接の準備を始めることになります。そしてそれは実質不可能に近かったり、または質がとても低いものになりかねません。

 

そして、出願条件を見てみたら評定が足りなかった。

オープンキャンパス参加が条件だった。

 

志望理由書の提出が思ったより早かった。

小論文が必要だった。

面接で話せる材料がなかった。

 

そうなってから慌てても、できることは限られます。

学校の面談を待つことが悪いわけではありません。

ただ、学校の面談を待ってから動くのでは遅いのです。高3の面談は、報告の場だと思ったほうが良いでしょう。

 

総合型を考えているなら、自分で調べて、今動く必要があります。

高3の6月で理解していないなら、急いだ方がいい

高3の6月の時点で、総合型選抜の仕組みをよく理解していない。

出願条件を見ていない。
評定基準を確認していない。
オープンキャンパスの日程を調べていない。
志望理由が言えない。
小論文を書いたことがない。
面接で話せる材料がない。
一般選抜の勉強も進んでいない。

この状態なら、かなり急いだ方がいいです。

評定は、この時期になると大きく変えるのが難しくなってきます。

もちろん、最後まで定期テストを頑張る必要はあります。

ただ、1年生からの積み重ねで決まっている部分が大きい以上、「今から評定を大きく上げて指定校へ」というのは簡単ではありません。

だからこそ、総合型を考えるなら、評定以外の部分を早く準備しなければいけません。

 

総合型選抜を考えるなら、まず確認することがあります。

なんとなく大学名を見ているだけでは足りません。

出願できるのか。
条件を満たしているのか。
何を提出するのか。
何を準備するのか。
落ちた場合にどうするのか。

そこまで確認する必要があります。

最低限、次のことは確認した方がよいです。

志望分野を決める。
通える範囲を確認する。
受験できる大学・学部を洗い出す。
出願条件を見る。
評定基準を見る。
専願か併願可か確認する。
試験内容を確認する。
オープンキャンパスの日程を確認する。
志望理由書の材料を整理する。
小論文が必要なら練習を始める。
面接で話せることを整理する。
英語や現代文など、最低限の学力を落とさない。

 

一般選抜を完全には捨てない。

 

総合型一本で考えて、落ちたあとに何も残っていない状態になるのは危険です。

一般選抜で上位大学を目指すという意味ではなくても、最低限、次の選択肢を残すための勉強は必要です。

また、総合型でよく出てくるのが志望理由書です。

しかし、志望理由書を軽く考えている生徒もいます。

「家から近いから」
「雰囲気がよかったから」
「なんとなく興味があるから」
「将来に役立ちそうだから」

この程度で止まっているなら、志望理由書としてはかなり厳しい(優しく言ってもコレ)です。それは志望理由というより、大学を選ぶきっかけにすぎません。

 

もちろん、最初のきっかけとしてはそれでも構いません。

しかし、提出する志望理由書では、そこから先を説明しなければいけません。

なぜその分野なのか。
なぜその大学なのか。
なぜその学部なのか。
高校生活とどうつながるのか。
入学後に何を学びたいのか。
将来どう活かしたいのか。

ここまで考える必要があります。

 

 

大学のホームページを見ていない。
学部のカリキュラムを見ていない。
アドミッションポリシーを読んでいない。
オープンキャンパスにも行っていない。

その状態で、志望理由書を書くのは論外です。

志望理由書は、文章力だけの問題ではありません。

調べていなければ書けません。

考えていなければ書けません。

話す材料がなければ、面接でも困ります。

 

「部活を3年間頑張ったから大丈夫」

「先輩もそれで総合型に受かったと言っていた」

そういう話を聞くこともあります。

もちろん、部活を3年間続けたことは大事です。

途中で投げ出さずに続けたこと。
練習を重ねたこと。
仲間と活動してきたこと。
大会や発表に向けて努力してきたこと。

それは、志望理由書や面接で使える材料になる場合もあります。

ただし、「部活を頑張った」だけで合格が決まるわけではありません。

その経験を、大学で学びたいこととどうつなげるのか。
その活動の中で何を考え、何を身につけたのか。
入学後にどう活かしたいのか。
志望する学部とどう関係するのか。

そこまで説明できなければ、ただの高校生活の思い出で終わってしまいます。

「先輩がそれで大丈夫だった」という話も、そのまま自分に当てはまるとは限りません。

大学も違う。
学部も違う。
年度も違う。
倍率も違う。
求められる書類や面接内容も違う。

先輩の成功例は参考にはなります。

しかし、自分の出願条件と試験内容を確認しないまま、「先輩も大丈夫だったから大丈夫」と考えるのは危険です。

総合型選抜では、経験そのものより、その経験をどう言語化し、大学での学びにつなげられるかが問われます。

 

それでも総合型を使うなら、早く動く

総合型選抜を考えること自体を否定したいわけではありません。

指定校推薦が厳しい。
一般選抜も不安。
でも大学には進学したい。

その状況で、総合型を選択肢に入れることはあります。

ただし、総合型を使うなら、早く動く必要があります。

評定で強くないなら、なおさらです。

出願できる大学を調べる。
試験内容を確認する。
オープンキャンパスに行く。
志望理由書の材料を作る。
小論文の練習を始める。
面接で話せることを整理する。
英語や現代文など、最低限の学力も落とさない。
一般選抜を完全に捨てない。

やることはかなりあります。

「総合型で行くから勉強しなくていい」ではありません。

総合型で行くなら、総合型の準備が必要です。

瀬谷松栄塾でできること

瀬谷松栄塾では、総合型選抜を魔法の入試のようには考えていません。

まず、現在の状況を確認します。

現在の評定。
志望分野。
通える範囲。
出願条件。
試験内容。
本人が話せる材料。
小論文や面接の必要性。
一般選抜をどこまで残すか。

そこを整理します。

そのうえで、どの大学なら出願できるのか、何を準備する必要があるのかを一緒に考えます。

志望理由書を書く前に、何を調べるべきか。

面接で何を話せるようにするか。

小論文が必要なら、どこから練習するか。

基礎学力が必要なら、どの科目を補うか。

落ちた場合に、次の受験へどうつなげるか。

そこまで考えずに、「総合型で何とかする」は危険です。

総合型選抜を考えている高3生は、早めにご相談ください。

「総合型で行けばいい」と言っているだけでは、準備を始めたことにはなりません。

行きたい大学があるなら、今すぐ出願条件と試験内容を確認しましょう。

 

まずは動くこと。それが大切です。

 

 

 

いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾の田中です。

 

 

 

今回のブログを3行でまとめると
高校に入ること自体は、以前よりしやすくなっています。
しかし、入学できることと、その後に通用することは別です。
中学のうちに、学力と勉強で踏ん張る経験を積んでおくことが大切です。

 

 

最近は、高校に入ること自体は以前よりしやすくなっています。

神奈川の公立高校入試では、定員割れしている学校であれば、受検者は基本的に全員合格となります。

 

特に、残念ながら偏差値50前後から下の高校では、定員割れが珍しくなくなってきています。ただ、入学できることと、その後に通用することは別です。

 

定員割れの高校であれば、受検すれば基本的に合格することが確定する・・・

そうなると、「勉強しなくても高校には行ける」と、本人も保護者も考えてしまうのはおかしいことではありません。

私立高校についても同じです。

私立高校の無償化の流れもあり、以前より私立を選ぶ家庭は増えています。

神奈川の私立高校は、内申や評定の基準を満たしていれば、早い段階で合格の見通しが立つ学校が多いです。

これは保護者にとっても生徒にとっても安心材料です。

ただし、ここにも落とし穴があります。

学校を選ばなければ高校には入れる。

私立も内申基準を満たせば、早い段階で合格の見通しが立つ。

すると、

「もう高校は決まりそう」

となり、そこで勉強の手が止まります。

 

本来なら、受験期にもう一段階学力を伸ばせるはずです。

英語の文法を詰める。

数学の苦手単元を潰す。

理科や社会を覚え直す。

入試問題を解いて、点数を取りにいく。

そういう時期のはずです。

しかし、合格の見通しが立った瞬間に、

「もう大丈夫」

となってしまう生徒はそれなりにいますし、大丈夫と思わないで勉強していても、やはり真剣に受験勉強している生徒より伸びが鈍化するのはよく見ます。

 

入学した後、出席、提出物、テスト、単位の問題が出てきます。

高校は義務教育ではありません。

勉強しないまま高校に入れば、当然その先で苦しくなります。

実際、学力不足のまま高校に入った生徒が、高校で苦しむという話も耳にします。

神奈川県公立高校等の退学理由を見ても、2024年度は「学校生活・学業不適応」が最も多く、退学者全体の46.2%を占めています。

もちろん中退の理由は一つではありません。

ただ、高校に入れた後の生活や学業が、決して軽い問題ではないことは見えてきます。


内申が足りているから、その高校には入れる。

これはあります。

しかし、内申が足りていることと、学力が足りていることは同じではありません。

提出物を出している。

授業態度も悪くない。

定期テストもそこそこ取れている。

それで内申は取れているかもしれません。

しかし、高校内容についていけるだけの基礎学力があるかどうかは別です。

特に英語と数学は、中学内容の積み残しがそのまま高校に持ち越されます。

中学英語があいまいなまま高校英語に入る。

一次関数や方程式が弱いまま高校数学に入る。

この状態で高校に進めば、最初から苦しくなります。

「私立で決まったから大丈夫」

ではありません。

その高校に入れることと、その高校で困らずにやっていけることは違います。

 

これは大学入試にも似ています。

総合型選抜や学校推薦型選抜で早く進路が決まること自体は悪いことではありません。

ただ、早く決まった結果、勉強を止めてしまえば、入学後に苦労します。

高校入試でも同じです。

受験勉強で踏ん張る前に進路の見通しが立つ。

その結果、学力が伸び切らないまま高校に進む。

 

実際、私が気になるのは、学力そのものだけではありません。

勉強で踏ん張る経験が少ないまま、高校に進んでしまうことです。

テスト前に覚える。

わからないところを潰す。

点数を取りにいく。

できなかったものを、できるようにする。

間違えた問題をもう一度解く。

面倒でも必要なことをやる。

好きでもないことを頑張る経験というのは、やっておいて損はないと考えています。

 

高校受験で大きく頑張らなくても、高校には入れるかもしれません。

しかし、高校に入った後も勉強は続きます。

高校の先には、大学、専門学校、就職があります。

 

どこかで必ず、好きでもないことに対して努力しなければいけない場面は来ます。

そのときに、

「頑張った経験がない」

「踏ん張った経験がない」

「できないことをできるようにした経験が少ない」

となると厳しい。

その逆に、勉強で踏ん張った経験があれば、次に困ったときにも考える材料になります。
何をすればよいか。
どこから手をつけるか。
どうやってできるようにするか。

そう考える経験があるだけでも、ただ悩んで放置する状態は避けやすくなります。

 

そしてそもそも、高校卒業後の進路をどうしていくのか。

 

偏差値52前後以下の高校から、一般選抜で大学進学を目指すのはかなり厳しいのが現実です。

ただ、いわゆる中堅以上の大学を一般選抜で狙うとなると、学校の通常ペースだけでは相当難しいどころか、大学入試偏差値42.5の大学ですら一般受験では難関だと思ったほうが良いです。

 

このあたりの感覚は、大人が伝えなければ、中学生には知る機会がほとんどありません。

 

高校に入る前の中学生からすれば、

「高校に入ったら、その先はまた何とかなる」

くらいに見えているかもしれません。

 

しかし実際には、高校に入ったあとも成績はついて回ります。

大学に進学するなら、このレベル帯の高校からは、基本的には総合型選抜や学校推薦型選抜、指定校推薦を考えることになります。

そうなると、高校での評定が重要になります。

就職する場合でも同じです。成績、欠席、提出物、学校での取り組みは見られます。

 

いやでも専門学校なら・・・と思うかもしれません。

たしかに、看護など一部を除けば、入学時点では評定がそこまで問われない学校もあります。

しかし、それは勉強しなくてよいという意味ではありません。

入学してから資格を取るためなどの勉強はする必要があります。

つまり、勉強から逃げ切れるわけではありません。

勉強しなければいけないタイミングを先送りしているだけです。

 

過去にそれなりに勉強した経験があれば対応できても、経験がなければ、「勉強のやり方がわからない」という生徒はたくさんいるはずです。

 

 

 

公立高校に入れた。

私立高校の合格が見えた。

 

それ自体は良いことです。

ただ、そこで勉強を止めてしまってよいのか。

中学内容の積み残しをそのままにしてよいのか。

高校で通用するだけの学力があるのか。

その先でも努力できる子になっているのか。

そこを見ておく必要があります。

 

「高校に入れる=大丈夫」

本当にそうでしょうか。

高校に入れるかどうかだけではなく、その先でやっていけるか。

そこまで考えておきたいところです。