このブログを三行でまとめると
・中1の段階で小学生範囲が多少あやしくても、そこは後から立て直せることが多い。
・本当にきついのは、国語力や考える力、約束を守る姿勢の不足である。
・小学生のうちに鍛えるなら、先取りよりもそちらの土台を優先したい。

実際表示させると三行じゃないのでなんて言っていいのか分からない。

さて、いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾田中です。

 

小学部を減らして、中学を強化する方向で動いています。

これまで小学部をやってきたのは、中学に入ってから困らないようにするためです。
小学生のうちにある程度土台を作っておけば、中学での負担を減らせるのではないか。
そう考えていた部分はありますし、その考え自体が間違いだとも思っていません。

ただ、実際に見ていると、話はそこまで単純ではありません。

 

まず第一に、保護者の方や生徒たちの感覚が大きく変わってきたように感じるということ。

これは地域性の問題かもしれませんし、私立無償化の影響がとても大きいと思いますが、

私立無償化による公立高校の低倍率化

→公立高校入試に向けて「塾に行ってまでの勉強の必要性を感じない」

「高校生活は楽しく遊びたい」

 

これって私たち世代の中位層に近くなってるのかな?考え方が

 

第二に、小学生のうちに追いつかせても、弊塾の場合、中学に接続しない

 

傾向として、小学校範囲を追いつかせたとしても、弊塾は予習向きの塾ではないので、どうしても今のカリキュラムだと本人の負担が大きくなります。(そのため、中学接続に関しては集団授業を実施していきたいと考えるようになっています)

 

 

また、小学生のうちに積み上げても、中学に入ると生活は大きく変わります。
部活が始まり、時間の使い方が変わり、疲れ方も変わります。
その結果、小学生のときには通えていたのに、中学ではリズムが合わず、そのままやめることがほとんどです(おそらく2割も残らない)。

 

そうなると、「小学生のうちに中学になってからの(私の指導の)負担を減らしておく」という考え方も、そのままでは成立しません。

 

しかも弊塾の入塾生を見る限り、中2の段階で小学生範囲がかなりあやしい状態で入ってくる生徒も珍しくありません。一方で弊塾はやはりそのへんは得意範囲でもありますので、中1や中2でもまだ立て直せることが多いのです。つまり、中1の時点で小学生範囲が少し不十分だからといって、それだけで決定的に厳しくなるとは限りませんし、公立高校であれば中2の成績から、私立であれば学校によっては中3の成績のみを見ます。中1時点の勉強の苦手感は、中1後期までに立てなおせば全然どうにかなる部分でもあるから、小6から入っていなくなるよりは、部活ありき塾ありきの生活に中1から慣れてもらう方が現実的かなと考えています。

 

逆に、後から直すのがきついものもあります。

例えば、国語ができないこと。
約束や決まり事を守れないこと。
分からないときに考える前に止まること。
面倒なことを避けて、思考を放棄すること。
勉強できる出来ないではなく、行動すればだれでもできることを実施しないこと。

努力が必要な場面で、最初からやらないことです。

 

 

こういう部分は、学年が上がってから急に直そうとしても、かなり厳しいです。
勉強内容の不足より、むしろこちらの方が後まで残ります。

 

だから最近は、小学生のうちに本当に優先して鍛えるべきなのは、先取りや補習そのものではないのではないか、と考えるようになりました。

 

もちろん、計算や漢字の基礎は大事です。
ただ、それ以上に大事なのは、文章をある程度読めること、話を聞けること、決めたことを守ること、分からなくても少しは考えること、嫌でも必要な努力をすることです。

 

中学で苦しくなる子は、小学生内容が少し抜けている子だけではありません。
 

むしろ、こういう土台の部分が弱い子の方が、後で大きく崩れます。

 

そう考えると、小学生のうちに時間をかけるなら、優先すべきなのは「中学内容の前倒し」ではなく、こうした土台の方だと思っています。

 

小学生範囲の学力不足は、中学に入ってからでもある程度立て直せます。
しかし、国語力の不足や、約束を守れないこと、考えることを放棄する姿勢、努力ができないことは、後から直そうとしてもかなり苦労します。

だからこそ今後は、小学生のうちに何でも前倒しでやることより、中学に入ってから崩れない土台をどこまで作れるかを重く見ています。
先に進めることより、読めること、守れること、考えること、続けること。
小学生のうちに鍛えるなら、まずはそこだと思っています。

 

 

大げさなタイトル。パンチ力を求めたらこうなっちゃいました。いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾の田中です。

 

✎ このブログを三行でまとめると
・理解があいまいなまま問題を解いても、できた気になるだけで定着しない。
・平均以下の学力の場合、演習量が足りないのではなく、その前の理解確認が抜けている。
・分からないところを残したまま進むほど、後で直すコストは大きくなる。

 

 

 

問題演習を増やせば成績が上がるか?

これは理解はある程度しているけれども訓練が不足、というフェーズの生徒に限ってはそうだ、といえるでしょう。ただ、理解自体があまりできていなかったり、用語の意味が分かってなかったりという状態では正直ほぼ効果がないといっても良いと考えています(社会は場合による)。


実際このやり方は勉強している感じも出ますし、保護者から見ても手を動かしていれば安心しやすいと思います。一方で現場で見ていると、理解が不十分すぎる状態での問題演習は、おそらく保護者の方が思われている以上にずっと効果がありません。

 

もちろん、まったく意味がないとまでは言いません。
問題文の雰囲気に慣れるとか、見たことがある形を増やすとか、その程度の効果はあります。
でも、それで「できるようになるか」というと、話は別です。

 

例えば英語で、文の作りを分かっていない。
数学で、なぜその式になるのかを分かっていない。
理科で、言葉の意味が曖昧なまま。

 

こういう状態で問題だけ増やしても、結局は「たまたま合う」「見覚えで選ぶ」「解き方を真似する」になりやすくなります。似たような問題に手も足も出ない生徒、というのはこういった勉強方法を続けていることが多いように感じます。

 

そして本人は、手を動かしているので勉強した気になります。
ここがやっかいです。

本当にまずいのは、分かっていないことそのものではありません。
分かっていないのに、できるようになる手順を飛ばして演習に入ってしまうことです。

本来は、説明を聞く。
意味を確認する。
なにがわかっていて、なにがわかっていないかを簡単に確認をする。

その上で、ようやく演習です。(資格試験や運転免許のペーパーテストみたいなものは、とにかく過去問演習とチェックでいいとも思いますが、ここではあくまで学校の勉強について触れています)

 

この順番を飛ばして、最初から10問、20問と解いても、土台がないので崩れます。または、〇はついているけれどわかっていない、という状態になりがちです。
崩れたまま丸つけをして、赤で直して、次に進んでも、また崩れます。
これを繰り返していると、「勉強しているのに伸びない」という状態になります。

 

塾で見ていても、伸びない子の多くは、努力していないというより、入る場所がずれています。
演習不足ではなく、理解不足です。
しかも本人はそこに気づきにくいです。
解いているからです。

 

特に多いのは、「説明を聞いた時点で分かったつもりになる」タイプです。
その場ではうなずきます。
簡単な確認にも答えます。

 

でも、いざ一人でやると止まります。

これは能力が低いというより、理解が浅いまま通過している状態です。
分かったと、解けるは別です。

 

さらに言えば、一人で再現できるはもっと別です。

ここを雑にすると、演習はただの作業になります。
作業量が増えるだけで、学力にはつながりません。

ではどうするかというと、派手な話ではありません。
一問目を丁寧にやることです。
なぜそうなるのかを言わせる。
言い換えさせる。
途中式や根拠を省略させない。
正解したかどうかより、「再現できるか」を見る。
これが先です。

正直、ここは時間がかかります。
 

問題を何十問も解かせる方が、見た目は勉強しているように見えます。
でも、理解がないまま回した演習は、後で結局やり直しになります。
それなら最初に止めた方がいいです。

 

分からない状態で数をこなすと、変な覚え方も増えます。
たまたま見た形だけで反応するようになったりもします。

 

例えば、言葉の意味を取らずに、条件の一部だけで決めつける。
前にやった手順を意味も分からずそのまま当てはめる。
こういう悪癖がついてしまうと、修正にも時間がかかります。

だからこそ、演習の前に理解できているかどうかの確認は必要です。または本当は理解できていないかも、と演習の結果から分かったときに、理解しなおす・覚えなおすというように戻れる気持ちを持つことが重要です。


本当に理解しているのか。それとも、何となく聞いた気になっているだけか。
この見極めの方が、問題数をこなすことよりはるかに大事と考えているので、弊塾ではそのあたりの観察を意識的に行っています。

 

結局、問題演習は理解の確認や定着のためにやるものであって、理解そのものを飛ばして埋める万能薬ではありません。


土台があいまいなまま量を増やしても、苦しい時間が増えるだけです。

勉強は、やった量より、どの段階で何をやったかの方が大事です。
分かっていないのなら、まず分かるところまで戻る。
そこを面倒くさがって演習に逃げると、後で余計に苦しくなります。

 

ではそういうふうにするためにどうすればいいか、といえば、

7割くらいは本人の資質、残りの3割は周りの大人の影響と考えています。こういった手順でやればいいと教えても、自分のやりたいやり方に戻ってしまうことは少なくありません。

 

それをいかに言い続けて止めるか。楽な方向に逃げないか。

 

勉強の方法を教えてもできるようになるためにはまず「教えられた勉強の方法を受け入れる」という手順が必要です。もちろん話を聞いてもらうために会話を積み重ねるという手順を取ることも必要かもしれませんが、一方で「いいからまずやってみなさい」ということも必要だと私は考えています。

 

もちろん、「なぜこれをこの手順でやる必要があるか」「それをやらないとどうなるか」それを説明していたって、守らない生徒は守らないし、やらない子はやりません。だからこそ、「いいからやりなさい」は必要ですし、やってみて、結果が出てからなるほど、となることもあるわけで、これは勉強に限らず仕事や世の中の事でもそうですよね。そういうことっていっぱいあると思います。

 

弊塾が「勉強の仕方」を教える塾であるのは、単に効率よく点数を取る方法を教えたいからではありません。
勉強の仕方を身につけること自体が、「考え方」「行動の修正」「取り組む姿勢」といった、今後の生活にもつながる土台になると考えているからです。

勉強を通して必要な行動や姿勢を整えていくこと。
そして、その結果として成績も上げていくこと。
弊塾は、その両輪を回していく塾でありたいと考えています。

 

 

いつもありがとうございます。瀬谷松栄塾田中です。

 

来年度より別の塾に出張することがほぼ決まり、それに伴って小学生指導の見直しを考える機会がありました。

 

結果、小学部については、今後受け入れ方針を大幅に見直していく予定です。

 

小学生指導において「塾に期待される役割」と、「実際に塾という場で担える役割」との間には、どうしてもずれが生じます。

 

まず前提として、私は、塾が家庭の学習習慣をつけるための場所だとは考えていません。


特に小学生に関して言えば、塾に週1回か2回通い宿題を出したところで、習慣はつきません。そもそも宿題とは「習慣をつけるためのもの」ではないのです。

 

家庭学習の習慣そのものは残念ながらご家庭がすべての責任を担うと考えています。

(ただし、家庭学習を必ずしもやらなければいけないものとも考えていません)

 

宿題やった?という声掛けをしても、「やった」と返事するが実際はやっていない。

こんなことは中学生ですらざらです。

 

そのため特に小学生においては「誰かが隣に座ってやっているところを見ている」ということが必要だとも思っています。

 

真面目に取り組むことができる、それだけで小学生にはかなりのハードルと考えています。

 

宿題を出すことで動けるようになる子は、もともと「何をやればよいか」が曖昧だっただけ、というケースも多いと思っています。そうであれば、保護者の方がやるべきことを具体的に示すだけ解決したりもします。

ドリルを買い与えて毎日〇ページやる、ということでもよいでしょう。やれるタイプのお子さまは、これでもある程度は勉強するようになるかもしれませんね。

 

しかし大多数のお子様はそんなことはありません

宿題出したとて、「やらない」「適当にやる」これが横行します(だからこそ弊塾は中学生は3年になるまでは宿題をほぼ出しません、お互い時間の無駄になるので)。


そもそも学習習慣というものは「環境」と「意思」が紐づいてできるものです。

 

だから、小学生に限らず学習習慣をつけるなら「塾」という環境に来て、そこでは勉強せざるを得ないからやる。だから毎日来るのが当たり前・・・家庭学習習慣がある必要がないと前述したのは、家でやらなければいけないわけではなく、塾で勉強する習慣をつけるということで回避できるということです。

塾ができる学習習慣への関りというのはそういうことであり、宿題を出してどうにかすることではないと思っています(わからないからできない、だったり、やらない、泣きだす、ということもありますしね)。


通塾の回数が確保できない(これは自習室の利用は除きます。特に勉強が苦手な層が、管理監視のない自習室で得られる効果は微々たるものです)のであれば、ご家庭で勉強の管理をしていただく必要があります。一方で今は多忙な世の中です。「生徒自身、習い事が他にもある」「保護者の方が昔に比べ忙しい方が多い」などの理由から、家庭学習管理が簡単にできないからこそ「塾で学習習慣をつける」というご要望が多いのだろうとも推察します。

 

 

 

また、これまで弊塾の小学部では、「学校の勉強にまったくついていけない生徒を、まずはついていける状態まで持っていく」という役割も担ってきました。
 

この役割そのものには意味があると思っています。実際、そこを立て直すことで、学校の授業や宿題に対応できるようになる生徒もいます。ただしこれには本当に個人差があり、2年でどうにかなる児童もいれば、半年で追いつく児童もいます。

(半年で追いつく生徒はたいてい「4年生の範囲だけ」限定的に壊滅的で、そこをどうにかすればその後の範囲は問題なくできる、という場合ですね)

 

勉強がある程度ついていけるようになった段階で、大手塾など別の塾へ移るご家庭も少なくありません。私はそれ自体を悪いことだとは思っていなく、卒塾と考えています。

その生徒に合う環境が別にあるのであれば、そちらへ進むのは自然なことだと思っています。

一方で一般的に小学生指導は中学接続のための(中学での指導をしやすくするための)ものである位置付けを取る塾が多く、その分価格が割安になっていますが、こういう状況であると割安にするメリットがこちらとしてもなくなっていきます。指導の手間自体は学年が下がるほど増えていくため、中学への接続が前提でない場合は現状の価格設定が現実的ではなくなっていきますし、それだけの価値があるとも考えています。

 

そのため、これからの小学部に関しては個別指導を前提としたうえで、他学年の個別指導と同等以上頂く方針に転換していきます。

今後の中心は小6に置くつもりです。
小6は小学補習というより、中学準備の意味合いが強い時期です。ここでどこまで土台を作れるかで、中1以降はかなり変わります。だからこそ、小6は「小学生料金で軽く見る」より、中学への接続を前提にした形で受けた方がよいと考えています。

 

一方で、小5以下、または小6で基準未満の学力の児童について、指導手順は今のまま、個別指導を強めにしたうえで、価格をまるごと見直します。現状の指導形態及び価格では最長6月入塾までで考えています。

 

小学から中学への接続にどうしても課題があるので(これはこちらの能力の問題です)、だったら中1で入塾してもらい部活が始まってからの生活スタイルの中に最初から組み込まれている方が管理が容易だとも考えています。別に中1になってから小4からやりなおしたっていいのですから。

 

 

今後の小学部は、「とりあえず通わせる場所」としてではなく、中学準備のために通う場、あるいは必要な子が個別で立て直す場として整理していきます。