我が県の代表ともいえる祭り、よさこい祭りが9日の前夜祭を皮切りに始まった

北海道のYOSAKOIソーランを筆頭に今や全国に「分家」のあるよさこい

本家である高知は分家に負けない熱気で祭りに華を添える

本場高知のよさこいは観客まで巻き込んだ祭りなのだ

実際、観客が飛び入りで参加できるチームも数チームある。踊りもバラバラ、ただただ音楽に合わせて鳴子を振り踊り狂う

賞狙いでキッチリ合わせた踊りをするのも醍醐味の一つだが「楽しい」を最優先させたバラバラな踊りもそれはそれでいいと思う

そう、誰かに見せるんじゃなく自らが楽しんでこその祭り

よさこい節の作者、武政英策はみんなが踊れるように、みんなが歌えるように、みんなが心から楽しめるようにと思い、あえて著作権は取らなかったらしい

そしてその意思を無碍にしたのは「YOSAKOI」である

分家の一つYOSAKOIソーランは一番初めにできた分家である

その為、第一回開催から高知の名門よさこいチームが北海道まで行き、祭りを盛り上げなんとか協力してあげようと全力を尽くした

数年後YOSAKOIソーランは大きな祭りになった

しかし、こともあろうことかその「YOSAKOI」という言葉を
登録商標したのである

高知の方言を北海道の人が、である

まさに恩を仇で返されるとはこのこと

武政英策の意思を受け継いだ本場高知の「よさこい」は北海道の「YOSAKOI」により汚されたと思ってる県人も少なくは無い

それだけ、よさこい祭りというものに高知県民は誇りを持っているのだ

そしてソレを利用し金儲けに走る輩を許しはしないだろう
最近ちょっと体脂肪が増えて来たんで朝晩にジョギングを。などと思いジョギングシューズを買いに

数年前まで妹がプーマ本社で働いてたのもあって社員価格で買えてんでプーマ製品ばかりだったが、もう退社したんで久々にシューズを買いに行った

5,6年前まで28.5cm~29cmを履いてたんだが、買いに行ってビックリ

ちっせえ。29cm合わねーじゃん

お店の人に「すみません、30cmありますか?」

「あるにはあるんですけどねえ。ナイキやプーマは無いですね」

と言われて出されたのがニューバランスの30cm

履いてみると完全にピッタリ

とりあえず二足買ってみた

こりゃ俺の足、50歳になったら32cmぐらいになんじゃねーか?と思い始めた




14年・・・

君が寒い、月のキレイな夜に生まれてもう14年も経つのか。

君と初めて対面したときに僕、お父さんにとても似てたんで驚いたよ

厳密に言うとお父さんのお母さん、バァちゃんに似ていたな

まぁお父さんがバァちゃんに似てるってよく言われてるからね

最近はお父さんよりも友達優先になってきて、あまり会ってくれないけれども

おとうさんはそのほうが全然いいと思うよ

それぐらいの歳は生涯自分の味方になってくれる人を探すのが先決だ。

だからお父さんに会わなくても自分の居場所をまずは見つけなさい

それはとても大事なことなんだから

この間、久々に会った時に夢を聞かせてくれたね

もう14歳、まだ14歳

夢を追いかけるにはいい歳になったよ

お父さんもバァちゃんも、君のその夢をいつまでも応援してるから駆け抜けてみるといい








もう8年も前になるのか、君が僕の息子としてこの世に誕生してきたのが

お母さんの誕生日の次の日だったね。お母さんは君と誕生日が一緒になるのを嫌がったんだよ、一緒にされるからそれは可哀想だって

だから君は12月9日の朝、早くに生まれてきたんだ

君はお母さんと、お姉ちゃんは僕、お父さんの誕生日と出産予定日が同じだったんだ。二人とも若干ズレたけど

君が生まれてきたことを一番喜んだのはジィじゃないかな?

最近、バァちゃんに聞いたんだけどジィは全身に癌が転移してて辛そうな時でも君に会いにウチに来てたって聞いたよ

君はね、みんなに望まれてみんなに愛されて生まれてきたんだよ

超が付くほど親バカだけど君は男前で将来がすごく楽しみだよ

でも、お父さんに似てればもうちょっと背が高かっただろに

それだけは残念だ

それと、これはお父さんの願望だけどやっぱり君には野球をやってほしいっていうのは本音です

まぁでも君の人生だ。好きに生きればいい。

お父さんは君をただ応援するだけだよ
8月1日からの豪雨でウチの県は大ダメージを受けた


実際ウチも10cmほど床上浸水した


線路の脇で国道よりも2mぐらいの高さがある我が家が浸水するのだから相当である


確か8月1日から4日までの四日間で降雨量は1200mm


香川県の年間降雨量が1080mm


4日で上回ったのである。そりゃ冠水するわ、っていう話だ


コンビニ、ガソリンスタンド、レストランetc 完全に壊滅状態


自然の猛威はほどほど恐ろしく、かつ甚大だ


被害総額もかなり大きいだろう


でも死者が出なかったのはせめてもの救いである
さて、夏の風物詩高校野球選手権の49の代表校が今日出揃った


個人的な見解としては東海大相模、平安、明徳の3強


追う、大阪桐蔭、近江、東邦、広陵、神戸国際


ダークホースは九州国際、小松、健大高崎


やっぱり複数の投手陣を揃えるところが上位になればなるほど力を発揮する


10年ぐらい前、いやハンカチ王子の時ぐらいは一人の凄いピッチャーがドンドン投げ込んで力でねじ伏せる感じだったのだが


今は打高投低の感じがやや見受けられる


そういっても去年の春の優勝浦和学院も夏の優勝前橋育英も一人の投手が踏ん張った


よく投手の酷使とか言ってるが野球経験者ならわかると思う


その一瞬、一瞬が勝負なのである


将来の為のピッチングなんかしない。夢である甲子園で力の限り投げ抜く


これこそが甲子園。これこそが高校野球なのである


だから見てる方も感動できるのである
最近どっと暑さが増してきた


今日で7月だから当たり前と言えば当たり前だが


言っても去年の暑さからいうと今年はもうちょっとマシなのかも


去年の暑さ・・・・・・


そこそこ生きてきたけど去年より暑い夏は記憶にない


夏は好きだけど限度って言うものがあるわw
幼馴染が亡くなって3週間ほどが経った


僕はずっと引っかかってる言葉がある


京都から帰って来るときに友達の言った一言


「なんであいつやったんやろうな・・・」


確かにと思った


なんで僕じゃなくてあいつだったのか


あいつにはやらないといけない事がたくさんあったはずだ


仕事人間だけど家族思い、愛想は良くないけど年下からは慕われていた


あいつはまだまだ生きなくちゃならない存在だったのかもしれない


その点僕は独り身で仕事にもそこまで情熱的ではない


自営業で気ままにやってるので誰かに慕われるということもない


そもそも「生」というものに対して執着がない


だったら・・・だったら僕で良かったんじゃないか?って思えてくる


別に死にたいとは思わない、が


守るできものが何一つない僕よりも幼馴染のほうが遥かに生きるという意味では価値があるのではないか?


そう思えてしまう


何かで読んだけど「今日、お前がボーっとしてた今日という日は、昨日死んだ奴が死ぬ程生きたかった明日なんだ」


その言葉が僕に突き刺さる
金曜日に弾丸日程で京都に最後のお別れをしてきた


亡くなって5日経つのですっかり生気を失ったその顔を見て


人っていうのは魂の入れ箱なんやなあって思った


無念さ、やり残した感、奥さんや子供を残していく不安


色々あったと思うけど


最期のその顔は安堵に満ちていたと思った。病気と闘い終えた顔だった


お別れの時に僕はそいつに話しかけた


「俺も必ずそっちに行くから待っていてな。いつ行くとは言えないけど必ずな。まぁその時はゆっくり飲もうぜ。それまではそっちで元気でな。またな」
幼馴染が昨晩亡くなった・・・


家が近いっていうのもあって、そいつとは知り合ったことさえ覚えていない。物心ついた時から遊んでいた


急性白血病。その病気がそいつの40年の人生に幕を降りさせた


そいつからは色んな影響を受けた


例えば音楽。BOOWYやブルーハーツ、そんなのもそいつから教えてもらって当時はまだレコードだったけど借りたりもした


別々の高校に進んだが家が近いんでたまに顔を合わせてた


高校を卒業して僕は地元に残りそいつは京都に行った


成人式とか同窓会、そういうイベントには必ず帰って来ていて話をした


盆や正月にもたまに顔を合わせてた


そんな幼馴染が亡くなった・・・


まだ、早いだろ・・・


子供はまだ小学生にもなってないんだぞ


奥さんどうすんだよ・・・


早えーよ・・・・・・


俺もそのうちにそっちに行くからその時はまた飲もうぜ。それまでそっちで元気でな