僕が子供だった頃、ウイスキーというのは戸棚に飾り眺めて楽しむものだと思っていた。



嗜好品という言葉を知ったのはいつだったか。その言葉に呼応して浮かんだのは、幼少期を過ごした白い社宅の黒い戸棚のことだ。そこにはウイスキーの瓶が等間隔に並べられていた。全てのラベルがこちらを向いていた気がする。訳も分からず何でも欲しがる子供だったが、幼心に「これは自分のものではない。動かしてはいけない」と思ったことを覚えている。



ウイスキーは飲み物である。問題は人がそれをいつ知るのかだ。液体状のものは広義には全て飲み物となる。だが僕はしばらくその琥珀色の液体を飲み物だと思わなかった。瓶の形状が歪だったのも関係しているかもしれない。6時に起きて20時に寝る。テレビはアニメをたまに。そんな幼少期を過ごしたせいで、僕は誰かがウイスキーを飲んでいる姿を見ることがなかった。



ある日、その液体が減っていることに気が付いた。歪だが均整のとれたガラスの容れ物。幾つか並べられた瓶のうち、そのどれかが一つずつ、少しずつ減っていたのだった。



毎日家族四人で食卓を囲んでいた。例外はない。食事中、テレビが付いていることはほとんどなかった。僕は無意識のうちにウイスキーの瓶を眺めていたのだった。よく「注意力が散漫だ」と叱られていたが、何日かに一度のペースで減っていく謎の液体を見るのは、なんだか楽しかった。



父は忙しい人だった。退職した今でも変わらない。昔からいつも何かしらをしている。本を読んでいるときもあれば、ノートに何か書き込んでいるときもあった。僕にはよく分からないが本を書いたりすることもあるらしい。「何をしているの?」と聞くと、いつも「お仕事だよ」と答えた。ウイスキーが減っているのに気が付くのは「お仕事だよ」と答えた翌日の朝食のことだった。



母からの着信がある。「お母さん、100円ちょうだい」と言っていた少年は「ごめん、いまお仕事なんだ」と言うようになった。働く父と母をずっと見ていた。そんな二人も、今は僕のことをじっと見ているね。



今日、父とウイスキーを飲んだ。味なんかまだ全然分からない。僕は顔が赤くなった。明日は朝から仕事だ。僕がその立場に立っているんだ。



何が言いたいのかというと、玉山鉄二さんが日本初のウイスキーを作るために奔走するNHK朝の連続ドラマ「マッサン」が面白くて毎日見てるって話。なんとなく言うタイミングを逃していたので、やっと言えて良かった。うぱ。