新しく誰かと出会うたび、この”もう一人の自分”が顔を出さないかを怖れてしまう。

人生なんて人との出会いの繰り返しなのだから、どれほどの脅威であったか。

それを理解してくれる人は、この先、現れるのだろうか。

 

 

「7、8…。10人は超えそうだな…」

「見事にタイプがバラバラ…。何なのだろう、一体…」

 

 私は関係を持った男の人数と、その特徴を手帳に控えている。

自分の行動を少しでも把握しておかないと、どんどん自分が自分でなくなってしまいそうで怖いから。

だけど、把握することで自分嫌悪も激しくなる。本当は忘れていたいくらいのことだから。

 

 ”もう一人の私”が関係を持った男と、その後の交際を続けていく自分。

その男との情事が終わると、もう一人の私である”彼女”は消えていなくなってしまうからだ。

 

 そう。”彼女”は、いつもそう。

散々、情熱的に愛を交わし男たちをその気にさせておいて、突然に消えてしまうのだ。

取り残された私は、必死に”彼女”のふりを演じ続けてきた。

 

 

もちろん、演じきれなくて不可思議そうな表情を浮かべる男もいた。

 

「あれ?なにか変わったね?普通になったと言うか…」

「目かな…。さっきまでの目とは違った気がする」

 

そんなことを言われることが多かったが、次第に”彼女”の真似にも慣れてきて、

次第に、私は”彼女”を自分の一部だと認識するようになっていった。

 

でも、それは『自分は、男性を手当り次第に誘惑する女』だと認めるようなもので、

そんな自分を恥だと身を隠すようになり、ますます自己嫌悪が強くなっていった。

 「もう、絶対に好きでもない人とは寝ない」

 

 

 何度も自分に言い聞かせてきた。なのに、さっそく私は自分との約束を破ってしまった。

隣に眠る男性の温もりが残るベッドから静かに離れ、シャワーを浴び、身支度を整えていると、

「おはよう」と甘えたような声で男が私に話しかけてきた。

 

「あ、おはよう…。起こしてしまったね、ごめんね」

「ううん…。ねぇ、こっちにおいでよ」

 

 男は再び、ベットに私を呼べ寄せると私の服を脱がせようとした。その手を払いながら、

「お化粧したし、もう行かなきゃ…」とキスだけを交わす。

 

 よく知らない男と迎える、甘く気だるい朝。

「また、やってしまった」と落ち込む。何も覚えてないわけではない。むしろ、冷静だった分、よく覚えている。

お酒の勢いと言い訳ができたなら、どれだけ救われるだろうか。

 

 

昨夜の相手は、 2週間前に新しい職場で知り合った男性社員で、

私は彼の家に上がり込み、男のシャツのボタンを外して耳元で囁いていた。

 

「大丈夫よ。私は誰にも言わないから」

「だから、ね、楽しみましょう?」

 

 アルコールを一滴も含まないシラフな状態で、「どうしても貴方が欲しいの」と私は情熱的に男を求めていた。

「貴方が欲しい」も何も、相手は2週間前に職場で知り合っただけ。好きな筈がないのだ。

そんな好きでもない男を相手に、同じようなことを私は何度も繰り返してきている。

 

 欲していた身体の感覚も男を誘う自分の言葉も、全部を覚えている。

自分が自分ではなくなる感覚と、私の中に、私ではない別の誰かがいたことも。

 

 私の人生は、この”もう一人の自分”の存在に振り回されてきたから。

 私には好きな人がいる。

 

 もちろん、その一人は夫である。

結婚して以来、その夫を傷付け裏切ることを怖れていた。

それだけは絶対にしてはいけない。

もし、私が夫を裏切ってしまう日が来るならば、私は自分を大嫌いになっているだろう。

いよいよ、もう取り返しがつかないほどに、自分を責めていると思う。

 

 その反面、私は初めて知る憧れの感情に胸を高鳴らせ、

その切なさとの狭間で喜びを感じ、揺らいでいるのだろうとも思う。


 

 私にとって、恋をすることは遠い世界の幻想のようだった。

 

 特定の誰かに、ときめきを感じたことも会いたいと思ったことも、

これまでの人生で一度も経験したことがなかったから。

 

 かと言って、男嫌いでもないのが厄介なところで、

恋をすることはないけど、嫌いになることもない。

恋をしないだけで、好きにはなれる。

 

”恋”と、”好き”は違うから。

 

好きは、複数に向けられる愛情で、

恋は、特別な誰か一人に向けられる激しい感情。

 

そんな、1人だけを好きになることも出来ない私が結婚してしまったのは、間違った選択だったのだろうか。

 

 

 ただ、一つ言えるのは、自分が誰を好きなのか分からないと言うのは、

人が思う以上に、とても苦しいと言うこと。

大切な人である筈の人と、いつまで経ってもパートナーシップを築く土台にも立てず、

その人から愛されれば愛されるほど、罪悪感で苦しくなる。

 

そして、こんな人間になったのにも、それなりの理由があるということ。