9月20日 19時10分
母 永眠しました。


ブログを更新していた午前中は、
少しのんびりできていたのに……
 
数時間後にお別れとなってしまいました。




この一年、がん闘病のことで
ネガティブな内容のブログも
たくさん書いてきましたが

これからは、
わたしも楽になるかな……




ブログを読んでくれて
見守ってくれていたみなさまに

覚えている限り

お母さんの最期のことを

お伝えしたいと思います。




9月20日
15時51分ころ病院から電話
 
意識レベルが落ちていて
今夜、もたないかも知れないから
すぐに面会に来て下さいと言われる。
 (お父さんは濃厚接触者のため院内に入ることを禁じられていたので、わたし一人で向かいました)

着の身着のまま飛び出して
16時30分ころ病院着
 

リモート面会させてもらう。
 

画面越しに呼びかけるも
白目をむいて、
はぁはぁ苦しそうにしていました。
 

意識なし。

 
看護師さん数名で
肩を叩いたり、ほっぺに触れたりしながら
一生懸命呼びかけてくれるも

もう反応はありませんでした。
 
 
看護師さんからは
今夜、越せるか越せないか
明日の明け方か、
これから1時間か2時間か、
分かりませんが
 
お別れが近いということだけは
覚悟しておいて下さいと言われる。


でも
病院の中では待ってもらうことが出来ません
 
と言われて
 
じゃぁ、駐車場で待ってるので
何かあったらすぐに電話してくださいと伝えて
 
17時30分過ぎから
車の中で待機していました。
 
 

そこからは早かったです。
 
 

アミチング(BTSのファン友のこと)に電話をして話を聞いてもらって

切ってすぐに
 
病院から電話があって

もう数分単位だと思うので、すぐに戻ってきてくださいって言われました
 

車から降りてすぐに行かなきゃって思っても
足が前に進まなくて…………
 
例えて言うなら
夢の中で走ろうと思ってもなかか進まない状態。

 
駐車場から走りたいのに
足が全然、前に出ないんですよ……

 
それでも、一生懸命前に進んで
 
 
リモート面会室に行って
パソコンの画面越しに見たお母さんの顔は

駆け付けた時とは違って
とっても穏やかで眠っているようでした
 

看護師さんに聞いても
苦しんでる様子はないですよ
 
ゆっくりゆっくりと
心臓が止まろうとしています
 
声かけてあげてくださいと言われて
 

とにかく
お母さんお母さんって呼び続けました。
 

もうしんどいことないよ
痛いこともないよ
抗がん剤もしなくていいよ
家のことは心配しなくていいよ
ゆっくり休んでください
 
と声をかけました。
 
 
リモートで
どこまで声が届いてるのか
分からないけど 

一生懸命、呼びかけました。
 
 
 

18時13分 心臓が止まったと
リモートのお部屋に、病室から連絡
 
ドラマでよく見る光景
心臓が止まってるモニターの
あの独特の音が聞こえてきました。
 

でも
それが死亡宣告じゃありませんでした。
 
 
何せ、先生も離れた病棟にいるわけで
 
通常なら心臓が止まった時点で
どうして亡くなったのか
説明をして

家族と共に死亡確認後

ご臨終です、なのだけど


リモート面会なので
まずは、どうして亡くなったのかを説明をしに先生が面会室へ来てくれます

それから、
今から病棟でまた
リモートを繋ぎながら、ご家族と一緒に
死亡確認をします

という感じでした。
 


先生が面会室に降りてくるまで
ものすごく時間がかかっていたので
 
 
その間にいろんな人に
連絡をしました
 
 
お母さんの映像は
ずっと映してくれたままでした
 
 
しばらくして
呼吸器内科の先生がおりてきてくれて
説明をしてくれました


直接的な死因は新型コロナウイルス


胃がんの方も末期で
体力が落ちている状態のところに

コロナに感染してしまったため
急にお別れすることになってしまいました


と説明をうけました



それから、また先生は
病棟の方へ行き


モニターの心拍がゼロ
目の光に対する反応がない
などで

19時10分 
死亡確認とします
 
と言われました。
 
 

それから、今後の流れのいろいろを
看護師さんが丁寧に説明してくれました。


お母さんを綺麗にしてくれて
お化粧もしてくれました。


そして
霊安室へ運ぶ際に
ほんの少しだけ会わせてくれました。


全身、袋に入れられて
顔のところだけビニールになっていて
見ることが出来ました。

 
 


わたしだけしか会いに来れずに

病棟でも、看護師さんたちは
大勢いてくれたけど

でも、それでも

お母さんを
たった一人で逝かせてしまいました



面会室で対応してくれてた看護師さんも

こうして弱い人のところに
コロナがやってきて
亡くなってしまうんです

若い人たちや
自分は感染してもいいと思ってる人たちが

こうして弱い人に感染させてしまう

何度か
同じような悲しみに立ち会ってきましたが

わたしたちも毎回
いたたまれません

本当に辛いですね


と、また、一緒に泣いてくれました


この言葉に
どれだけ救われたか…………





霊安室にもついて行けず

寂しい場所で
一人ぼっちで夜を過ごさせてしまいました。



その日の夜、家に帰る道中で

また、
寂しくてアミチングに電話してしまいました。

彼女は、医療関係に詳しい人だし

なにより
どれだけ、わたしが泣いても
落ち込んでても

ちーん、とはならないのです。

いい意味でね!!


ずっと喋り続けてくれるし
話してて気が紛れるんです

だから、ついかけてしまって。

ごめんね。。。ありがとう。





コロナで大切な人が死んだら
こうなるっていうのを
身をもって体感したので

わたしが伝えらえることを
伝えておきます
 
 
感染者数は減ってきているけど
まだまだ入院されてる患者さんは多いです


そして、また冬になれば、
必ず増えてきます。




お母さんと同じ日に
三重県では
他にも2人亡くなられた方がいます。


60代女性は
わたしの母です。
 

 

自分は感染してもいい
感染したところで
基礎疾患もないし軽症ですむ
ワクチンを打ったからマスクを取ってもいい
大勢で集まってもいい
 
それならそれでいいと思う
 
いつまでも緊急事態宣言を出してるわけにいかないし、いつまでも人に会わない生活なんて無理だもの。お店の経営者さんたちだって生活があるのだから、お客さんに来てもらわないといけないし。


そんなことは百も承知です!!!



でも、
 
 
自分が感染して軽症で済んでも
全くの無症状でも

気付かずに誰かに感染させて

その人の家族に
もし闘病をされている人がいたとしたら……?
 


こうして重症化になって
亡くなることがあるんだってこと
 
入院しても
家族でも面会もできないまま
リモートで最期を看取ることになるんだってこと
 
地域や火葬場によっては
火葬場にも行けない、
収骨さえも出来ないっていうこと
 
火葬の時間は
一般の火葬がすべて終わった夜になること


なにより、

大切な人を
たった一人で逝かせてしまうということを


絶対に、絶対に、絶対に、

忘れないでほしいなって思います。
 
 

人と会う時は
必ずマスクをして

少しでも体調が悪い時は
すぐに病院に行って

ワクチンを打った人同士だとしても
気を緩めることなく

自分の行動に
責任を持って欲しいと思います。



もう、わたしみたいな
辛い思いをする人がいないように
 
こんな悲しい思いをするのは
わたしだけでいいって思います
 
 
 
 

胃がん告知を受けて一年。
 
まだまだ
抗がん剤を頑張りたいと思ってただろうに……


これも受けられずに……



まさかの
コロナ感染。



お母さんが感染してから届いたお手紙です。


濃厚接触者でなくとも
人混みに行ったり
あ、あの時のあれ、大丈夫だったかな?
って思うようなことがあったら
自主隔離して欲しいなって思います。




9月12日に陽性と分かってから
たった8日で亡くなってしまいました。


17日からは、肺炎の状態も
呼吸状態も悪く、土日で亡くなる可能性が高いと説明を受けていて

リモート面会を毎日させてもらいました。



癌のほうも
抗がん剤も効果なしだったかも知れないけど
 

だからって

コロナに感染してしまったんだから仕方ないよね、、、

には絶対になりません!!!


結果的に寿命を縮めてしまったのは
新型コロナウイルスだもの。
 

死亡診断書の死因欄のところにも
COVID19と書いてありました
 
 
 

癌の闘病だけなら

もう少し一緒に居られたと思う。
 
それに、癌で亡くなったのなら

親族や、お友達も
呼んであげられたよね…………


 


本当に、コロナが憎い

自分だけは大丈夫と思ってる人が憎い

ワクチンしたから大丈夫と思ってる人が憎い


対策していれば大丈夫??

笑わせるわ!!




今回は、どんちゃんの通所する作業所の福祉関係者が感染してきて、作業所の子たちに感染させて

家庭内感染に至った事の顛末



人を、一人、死なせたことを

絶対に、忘れるな!!!!と

言ってやりたい



そして、わたしは
その人を一生恨んでいくと思います


そうしないと
わたしは生きていけません。



目に見えないものとはいえ

誰かを死なせてしまう
罪の重さは

事故や、殺人の罪などと同じだと思います。




人は、忘れていくものですが

お母さんの死は
何年経っても忘れられないように

新型コロナウイルス流行の時代に
自己管理の甘さで
ウイルスに感染してきた人によって
お母さんは犠牲になったんだ、

ということを

ずっと伝え続けていきたいと思います



だって、お母さんも
悔しい思いで逝ったと思うから




新型コロナウイルスで亡くなった人は

お通夜も
お葬式もありません
(骨葬というものがありますが、参列者全員の陰性証明書が、必要となります)

よって

戒名も、ありません
(四十九日の際に、お寺さんにて供養していただくので、戒名はその時になります。)


そんな仏様、ありますか?



可哀想すぎます。





この悲しみを
悲劇のヒロインととるか
不幸の押し売りととるか

個人の自由ですが


ほんの少しでもいいから

こういう人がいたんだ、ということだけは

心に留めておいてほしいな、と
思います。



元気だった頃の
お母さんです。

最後まで
家に帰りたいと言っていたのに

無念でなりません……。





どんちゃんは
なんとなく理解していると思います。

遺影に使う写真を
取りに行った時に

どんちゃんには
「ママ、お空だよ、バイバイだよ」と
伝えました。

どんちゃんは
写真を、じーーーーーっと見て
にっこり笑いました。


北海道の地で作業所を作り上げた
アメ友歴が1番長いliccaちゃんも
どんちゃんは理解してるよ!と言ってくれました。



胸が締め付けられました。



 
出棺される際に
棺に入れてあげたいものを
病院へ持っていく時に、
 (コロナで亡くなると病院から火葬場へ直送になります。亡くなってからもご遺体は家には戻れないのです。)
どんちゃんが
お母さんの写真を
自分の部屋に飾ってると
お父さんからLINEが来ました



泣けました。



遺骨となって帰ってきたお母さんを見て
どう思ってるかは
わたしにも分かりませんが

ダウン症の子にも心はあります


遺影写真を見て
骨壷を見て


小さな心は
痛くて痛くてたまらないと思います。




どんちゃんのためにも
わたしは強く生きなければいけないけれど


心、折れそうです。




なんにもやる気が起きないのに

やることだけは
山ほどあるんですね。


ただ、親族は集まれないので


家族で出来ることを
淡々と進めるだけです






みなさまには
この一年、

ずっとお母さんのことを
応援してくれてり
願ってくれたり

千羽鶴も折ってくれたり

お手紙もたくさん送ってくれて


何とお礼を言っていいのか
分かりません……。


本当に、ありがとうございました。





また、楽しく
バンタンのことを書けるかどうか
分かりませんが


ゆっくりゆっくり
前に進んでいこうと思いますので


今後ともよろしくお願い致します。









ホビ。国連総会お疲れ様でした。
スピーチも、パフォーマンスも
なんにも見れなかったし、
こんなタイミングで
遠い地のNYに行ってしまうなんて
寂しかったけど
この写真を見たら
もっと大好きになったよ。

かっこいいよ、ホビ。