悲しみは、悲しまれたいわけではなく、
表現されたいだけかもしれないと思った。
悲しみを悲しまなければいけないわけではなく、
かといって、そこから学ぶとか、修行とかに変換する必要もなく
悲しみを沸き起こる感情として自分の温かいハートで迎え入れ、受け取り、感じる。
涙として出るのが一番、いいと思うけど、泣いちゃダメだったよね。
家や学校でもちゃんと涙を感情表現として教えた方がいいよね。
悲しみを言葉に表現しているとだんだん、それはユーモアにもなっていく。
自分で書いていて吹き出しちゃうことも。まあその程度の悲しみだったということですが。
でもその程度の悲しみでもコツコツとそれを表現することは大事。
マーク・トウェインは「ユーモアの源泉は悲しみにある」
「ユーモアとは悲劇+時間である」 と言ったらしい。
涙、言葉が無理なら
何色?どんな香り?どんな味?どんな音?声?どんなポーズ?に変換してみる。
それを何かで表現する。しばし一緒にいる。
悲しみは、ただ一緒にいるよって言うだけで喜んでくれる。