自害の巻
行燈の火陰を見る。
定めなき人の今。
主人の命令は絶対であり心外の契りとはいいながら初枕は忘れられぬもの。
妻は我に焦がれし女若葉。
気立ても優しくしおらしい。
馬は言葉も情も無い。
芳野のことを思わないわけではないが半月とは若葉は妻。
出陣の時十分悲しみ、書置きをしたもの、別れの時はせめて笑顔を見せ頼もしい言葉をかけるべきなのに不憫な妻、可哀そうな若葉、胸に浮かぶ別れの有り様、春の訪れを待つ空は薄暗く鎧は包んで霜もおり寒い。
二番鶏に起こされる。
妻が見送る。
小四郎は妻にだいぶ白んできたな、という。
若葉に鎧を、という。
二人ともただ見つめ合うだけ。
そのうち若葉が泣きだす。
小四郎は若葉の手を握る。
健康でご無事でとお互いに言って馬に乗り去っていく。
六郎太が来て一緒に行くが霧の中に姿は見えたり見えなかったりで胸が震え五臓ははちきれそう。
茫然と立つ心の中は無念で悲しみもなく夫も無く喜びもなし。
慈悲に殺すということがあれば自身の生命を断つこと。
目を閉じて手を合わせて拝む。
小四郎は思い出す自分を女々しく感じる。
太刀を鞘からだし笑いながら見る。
これは敵を斬り吾身を守り今は我の腹を裂く、それは本意か太刀の本意かと言いながらも今死ななければと思う。
君主に対し臣の道に背き伯父伯母には義理がたたず父母の冥途の土産がまた我を臣たらしめるのか人たらしめるのか身は語らずとも義を守り兜を守る、太刀の本意、我の本意。
捨てる命なら多くの敵を斬ってからしたかった。
伯父に説得されてでもしなかったことが人生最大の落ち度。
遺憾とも恥辱と思う。
父上の形見と思えば太刀までもが惜しい。
一刻も早く父に対面しようがと左手で撫でまわす。
小四郎は書置きなりをして伯父伯母のお礼を述べたいがこの手がどうにも効かない。
しかし味方の敗軍なのにどこかに出たいのだ。
明日お帰りになるのに我の切腹をさぞかし驚くだろう。
大抵の嘆きではないだろう。
ああもったいない。
母上は女で体が弱いので聞けば日参していただいたとは涙がこぼれる。
約束を反故にして若葉との縁組、この戦でなければ安否を知らせてやりたかった。
若葉が一人でどんなに苦労しているか、また芳野殿の親切。
今日の恨みはごもっとも、若葉に心から惹かれたと疑われているが幼少の頃からの我を知っていればそんなことはないのはご存じだろう。
これも因縁だと思って思い切ってくだされ。
あの世で生まれ変わったなら必ず夫になる。
あなたも忘れないで心の互いの不実をどうぞ許してほしい。
恋焦がれて重病になったときのこと今夜自害して二人ともどうなるか、あまり嘆かないようにしてください。
「ナムアミダブツ」と声の下、あっという叫び声を上げ、血を吹き出すが負傷した手に力が入らずなかなか
動かすのがやっとで一文字に切り絶命する。
それなら小四郎様の夫ですか、小四郎様のお内の方ですか、とお互い呆れ果てる。
・感想:
例によって読みづらいのだが意外と興味深く読めた。
要約も完全ではないがそこはないがご勘弁を。
最後は二人の愛した男が実は同じだったというオチは読み進めていくと見当がつくが当時としては画期的だったのでは。
現代の価値観からすると武士の生き様・その妻のあり方など理解できないですねー。
あまりにもストイックで。