予想外の安全校の普通進学コース合格に複雑な気持ちをもちつつ

偏差値相応校の発表に出かけました。校内掲示です。

WEB発表は20文字程度の文章で合否を伝えられてそっけなさを感じましたが

よくよく考えると校内掲示は4ケタの数字のみの発表で38年前の残酷シーンを

思い浮かべました。ちなみに私は1勝1敗。

5分ではありません、滑り止め合格なのでやはりビミョーな気持ちでした。

でも自分の番号があったときは飛び跳ねて喜んだ記憶があります。

 

一人で見に行きました、嫁と、おとーと君は偏差値ギリ校の受験でいません。

車で1時間の距離です、どっぷりネガティブ状態で現地へ向かいました。

車中では・・・・

「なんで特進コースに合格できなかったのか?」偏差値的には行けるはずなのに

「次の相応校もヤバいのんとちゃうやろか!!」親バカ過信状態??

「それやったらギリ校とかチャレンジ校なんて合格あり得へん」とか・・・

ホント12月のなぜか強気の自分が「やっぱりおれはアホやってんな」と

完全自虐状態に陥りました。ただ救いはおとーと君の

「試験は難しくななかった、80%は合格のはず」と12歳の小学生の言葉にすがるしかない

高卒オヤジがサイコーに情けなかったです。チーン

 

合格掲示発表の5分過ぎくらいにつきました。学校の入り口に向かってると入っていく人、まばらに出て行く人。

予想通りの光景です。私の38年前の滑り止めの発表の時は試験中に仲良くなった一つ前の男の子の番号が

ありませんでした。お互い合格したら仲良くなろうなと、約束までしていました。

少し離れた校門のところで、その子とお母さんが肩を組んで帰っていくのが見えました。

お母さんはその子になにか語りかけてるのが見て取れました。その子もそれに呼応するようにうなずいてるのも見えました

12歳のわたしは子供ながらお母さんが何を言ってるのかすぐにわかりました。

今日の発表でもあちこちでその時と同じ光景や、言葉のやり取りがみられました。

子供の数は減っていき、競争率も全体的に私の時代とくらべて随分と下がってますがこの光景はなんら変化はないんだと確信しました。

受験は残酷、でも親子の絆は不変どころかより一層強くなる。

当時の私はそこまで感じませんでしたが50歳の父親になってようやく理解できるようになりました。

勇気をもって見に行こう!! ひさしぶりに根性が出てきました。

結果はありました。

小さく右手でガッツポーズしました、涙が少し込みあがりました。

周囲では泣いてる父親もいました、「そこまで泣かんでもええやん」とも思いましたが

わたしもつられて泣き出しました。えーん

 

帰りの道中おとーと君からLINEで合格を知らせましたがなぜか返事は

了解 のみ?ポーン

嫁曰く偏差値ギリ校がすこぶる不調で凹んでるらしいです。

ちなみにこの学校は不合格でした。

嫁さん曰く、実はここがおとーと君の本命、心の中の第一志望だそうです。

やっぱり人生色々、だから楽しいのですね。