ここで新潟を後にして、三国峠を目指して一路関越自動車道を進み、湯沢ICで降りて、春スキーをしたかぐらみつまたを右にみつつ三国街道を進み、三国トンネル直前で車を止め、山道を約30分登り、三国権現へ。
三国権現は、ほぼ三国峠の登り切った辺りにあって、その付近はこの5月中旬にもまだ残雪が残っている常態でビックリ[E:coldsweats02]
三国権現は、現在「御阪三神社」という名称で、権現というのは仏・菩薩の化身して現れた日本の神の事で、奈良時代に起こった神仏習合により日本固有の神の信仰と外来の仏教信仰とを融合されたものである。その為、明治の廃仏毀釈により「権現」という表記を改め、現在の「御阪三神社」という名称に改めたものだそうです。
東軍側が好んでいた「東照大権現」といのも、仏が、徳川
家康という神の姿をして現れたという意味だそう。
三国権現には「峠を越えた人々」という碑があって、ここに町野久吉の名前が刻まれているのです☆三国権現から降り、大般若塚を諦め、町野久吉の墓へ。
町野久吉は、前述の町野源之助(主水)の弟で、当時17歳(16歳とも)。兄・源之助に劣らぬ槍の使い手だった久吉は、慶應4年閏4月24日、三国峠にて、家伝の長槍を手に兄の制止を振り切り、敵陣に突撃、3人を斃し壮絶な戦死を遂げた少年。
町野久吉の墓は綺麗に整備されていて、案内板や説明版まで付いていて嬉しかったです。ずっと来たいと思っていて来れなかった場所だったので、念願叶って良かったです[E:heart]
その後は、関越自動車道に乗り、大きな渋滞にも巻き込まれる事なく、また行きと同じくひばりヶ丘で解散し、外環を通り帰宅。