朝8時半春日部駅発の東武線特急に乗って会津へ。


12時過ぎに若松駅に到着して、ホテルまで歩く途中、折角なので実成寺に寄って梶原家の墓に御参り。


20080920_1 今回の目的は「戊辰戦争140周年歴史シンポジウム ~義に於いて忍ぶべからず~」の聴講と、今日から始まる鶴ヶ城での特別展「会津松平家と戊辰戦争展」の鑑賞。

今年は戊辰戦争から140年という区切りの年である為、各地で様々な戊辰戦争関係の企画が行われているので嬉しい反面お財布が心配(苦笑)

シンポジウムは、歴史興味ない方には解らないかもしれないですが、知っている方からすれば錚々たるメンバーで「会津松平家、桑名松平家、仙台伊達家、庄内酒井家、越後長岡牧野家、米沢上杉家藩主の子孫」の方々。

前半は徳川宗家の御当主「徳川恒孝氏」が「会津の精神」について約30分程度講演。現在の御当主は、会津松平家から養子に入った方で、幕末藩主松平容保⇒恒雄氏⇒一郎氏⇒恒孝氏と、容保の曾孫に当たる。また、秩父宮勢津子妃は叔母にあたるという系譜。勢津子妃との逸話や旧藩士達の逸話で楽しくも貴重なお話を聞かせて頂きました[E:note]

徳川宗家御当主様の後、作家の中村彰彦先生が約1時間に渡って「奥羽越列藩同盟の歴史的意義」を講演。 その後、全国漢文教育学会長の石川忠久氏が会津藩士3名(秋月悌次郎、南摩綱紀、安部井政治)の詩を解説。

20080920_2 後半は「我が藩、斯く戦えり」をテーマに各藩の藩主子孫の方々が自藩の戊辰戦争での戦い振りを紹介。伊達家の御当主は、伊達政宗のイメージとは違い、柔和な穏やかで丁寧な方でした。長岡藩の戦い振りには、つい涙が出てきそうに…[E:weep] 庄内藩藩主酒井家の御当主は自藩の戦い振りを控えめにおっしゃっていて、もっと連戦連勝をアピールしても良いのに~[E:bearing]と歯がゆい思い。
そして、我が殿松平保定様。さすがです(笑)保久様では真面目なのでああはいきません。天然なのか、計算なのか…最初から最後まで会場を爆笑の渦に巻き込んでいました。ああ、もっと時間を取って話して欲しかった。

今回のシンポジウムは福島民友社主催で参加者を700名で募集し整理券を配布していたのですが、蓋を開けてみれば申し込み殺到で、急遽850名まで増やして締め切り、その後も申し込みが多数来てお断りする事となったそうで、早めに申し込んでおいて良かったと冷や汗。


20080920_3 終了後、一旦ホテルにチェックインしてから「籠太」でKちゃんさんと、Gさんとで美味しい食事[E:restaurant]に舌鼓。何故会津はこんなに美味しいのが多いのか。


シンポジウムで、菅家市長も言っていましたが、この度鶴ヶ城に「御三階」が復元される 事が決定したそうです。さすがに阿弥陀寺から移築するのではなく、新たに幕末当時の姿を復元するのだそう。それにあわせて、幕末当時と同じように天守閣の屋根瓦も赤にして、今後の計画としては、テニスコート等も撤去して芝生敷きの公園として、ゆくゆくは本来の姿に戻したいという意気込みのよう。昔冗談で、本丸も二の丸も全部復元したらよいのに…と言っていたのが何時か現実のものとなるかも???


また、講演中、保定様が御宸翰の話になった時、「ぼくも肌身離さず持っていますが、先ほどテープカットしてきた『会津松平家と戊辰戦争展』で展示していますので、めったに出さないので、この機会に見てきて下さい」とおっしゃっていたので、明日の特別展が楽しみ[E:happy02]