今日は東北日帰り旅行。
日帰りなのを良い事に、昨日はバドで帰宅が0時過ぎだったので、準備もしないで寝てしまったので、朝4時頃起床して準備し、5時過ぎに家を出て5時半の電車に乗って、一路仙台[E:bullettrain]へ。
仙台駅には8時頃着。入梅で天気が心配されましたが、からりと快晴[E:sun]
ここで仙台組に合流し、七ヶ宿へ向かう[E:rvcar]。途中白石で、以前豪雨の中で見た世良修蔵の墓に立ち寄る。七ヶ宿では「戊辰140年特別展」が行われていて、今回の目的がこれ[E:shine]
七ヶ宿とは、耳慣れない方も多いかと思いますが、宮城県の白石から、山形県の南陽市(米沢の北)を結ぶ街道で、七つの宿場町がある事から「七ヶ宿」の名称が付けられた街道。
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戊辰の時には、薩長から朝敵とされた会津・庄内藩を救う為、仙台藩・米沢藩等が中心となって、東北・越後の計31藩によって、奥羽越列藩同盟を締結するのは有名ですが、その前段階として、仙台藩や米沢藩が、会津藩に対して恭順を勧める為、この七ヶ宿の関宿で会津藩、仙台藩、米沢藩、二本松藩等の重臣達により会談が行わた。この会談により、会津藩は武備恭順を決め、仙台、米沢藩より新政府軍参謀世良に恭順受入を訴えたのである。
しかし世良は拒否し、逆に同じ参謀の大山に送った「奥羽皆敵」と書いた書状を仙台藩士に見られ、仙台藩士達の怒りをかい、世良は惨殺され、奥羽越列藩同盟は会庄救済としての意義から、新政府軍に対抗する攻守同盟と変化する事となったのでした。
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だいぶ、話は逸れましたが、「水と歴史の館」でそんな戊辰戦争関係の史料を展示。↑で紹介した世良から大山へ宛てた「奥羽皆敵」と書かれた書状など貴重な史料が展示されていたりして、こじんまりしているものの、見れて良かったですvv
そこから、米沢に抜けて、まず千眼寺の色部長門墓、更に雲井龍雄の碑、千坂太郎左衛門墓、媛姫墓、近藤勇墓を見て、城近くの物産館にある米沢ラーメンの店で「冷やし米沢ラーメン」[E:noodle]を注文。
寒河江で前に食べた冷やしラーメンの方が美味しいかも?まあ、冷やしラーメンの本場はやっぱり山形市らしいので、寒河江の方が近い分本場なのでしょう。そして、やっぱり米沢といえば米沢牛。さすがに、米沢牛のステーキとかはムリなので、せめてと「米沢牛串焼き」[E:heart04]…柔らかくて美味しかったデス[E:happy01] 脇の露天で売っていたさくらんぼ[E:cherry]の佐藤錦をお土産に購入。
米沢を後にして、福島の会津地方に入り、高郷や坂下の長岡藩士戦死者墓、館林藩戦死者墓、会津藩士の戦死者墓、小栗上野介従者の戦死の地碑などを見て、若松市内に入り、大龍寺で赤埴等の諸会津藩士の墓を巡る。
その後、時間が少し空いたので、飯盛山下のリオンドール内にあるドトールでお茶[E:cafe]をしてから、郡山に向かい、郡山駅ビル内の蕎麦屋で夕食を取り、新幹線迄まだ時間があったので、スタバでお茶してから、仙台組のお二人とお別れ。
郡山から大宮までは新幹線[E:bullettrain]で約1時間。帰宅したのは23時半過ぎ。
日帰りだったけど、充実した楽しい旅行でした[E:happy02]