20070811_2 北海道といえば、兎に角「避暑地」のイメージ…ところが、思いっきり裏切られました(苦笑)かなり暑い。聞くと昨日まで天気が悪かったが、今日になって急に暑くなったという。

20070811_3_2 まず有名処の「土方歳三最期の地」「中島三郎助父子最期の地」、そして住吉墓地へ行き「会津医魂」で知られる会津藩医の子で北里柴三郎の元ペスト研究をし、最期には自らもペストに冒され24歳で没した「小池毅墓」「石川啄木墓」会津藩士「雑賀重村墓」を見る。 雑賀さんの墓は石川啄木の墓に近い所にあり、一度場所が解れば解りやすいかと。ただかなり磨耗してしまっていて、文字が読めなくなるのも時間の問題かと…。
20070811_4 そこから、「立待岬」へ行き素晴らしい海を眺めてから、さらに車を進めてかの有名な旧幕府軍戦没者を供養する「碧血碑」へ。
20070811_5 「碧血」というのは、「義に殉じて流した武士の血は3年経つと碧に変る」という中国の故事によるものだそう。
そして「新政府軍の墓」、そして念願の「高龍寺」にある「傷心惨目の碑」

20070811_6 「傷心惨目碑」は、箱館戦争の際、高龍寺は旧幕府軍側の病院として使用されており、明治2年5月11日、新政府軍がこの病院に乱入し、傷病者らを殺戮し放火。この病院に入院してた会津遊撃隊隊士らが多く犠牲になったという。これを痛んで、明治13年に旧会津藩士等が建立したものです。
また、同寺院内墓地にある会津藩若年寄だった「田中玄純墓」へ。
20070811_7 そこから、直ぐ近くの「称名寺」の「土方歳三と新撰組供養碑」、そしてもう一つの目的「実行寺」の会津藩士「諏訪常吉墓」「日向君招魂碑」を訪れる。本当は日向家の墓所もあるらしいが、所在が解らず時間も無かった為、今回は断念。次回に期待です。